LL Cool Jの「Around the Way Girl」は、1990年にリリースされたヒップホップ・ソウルの先駆けといえる名曲だ。
プロデューサーにマーリー・マールを迎え、メアリー・ジェーン・ガールズらの甘美なフレーズを巧みにサンプリングすることで、ハードなラップ界に「メロウな革新」をもたらした。
本記事では、当時のLL Cool Jをどん底から救った祖母の一喝や、現代のBlxstらに受け継がれる「理想の女性像」の定義について深掘りしていく。
🎧 クイック概要:10秒でわかる基本データ
| 項目 | 内容 |
| アーティスト / 曲名 | LL Cool J / Around the Way Girl |
| 収録アルバム | 『Mama Said Knock You Out』 (1990年) |
| サンプリング元 | The Mary Jane Girls / All Night Long (1983) Keni Burke / Risin’ to the Top (1982) The Honey Drippers / Impeach the President (1973) |
| 最高位 | 米Billboard Hot 100 9位 / Hot R&B/Hip-Hop Songs 1位 |
なぜこの曲は重要なのか?ヒップホップとR&Bを繋いだ金字塔

「Around the Way Girl」の最大の功績は、無骨なヒップホップと艶やかなR&Bを完璧なバランスで融合させたことにある。1990年当時、ラッパーが女性に向けた甘いラブソングを歌うことは、ともすれば「軟弱」と見なされるリスクがあった。
しかし、LL Cool Jはマーリー・マールが手掛ける極上のサンプリング・グルーヴに乗せ、ストリートの言語で愛を語った。これが後の「ヒップホップ・ソウル」という巨大な潮流を生み、メアリー・J. ブライジやノトーリアス・B.I.G.、さらには現代の西海岸シーンを牽引するBlxst(ブラスト)へと続く「メロウなラップ」のテンプレートを決定づけたのだ。
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どん底からの逆転劇:祖母エレンが放った「地下室」での一言
実は、この曲が収録されたアルバム『Mama Said Knock You Out』の制作前、LL Cool Jはキャリア最大の危機に瀕していた。前作『Walking with a Panther』が「商業的すぎる」と批判され、評価が急落。彼は意気消沈し、クイーンズにある祖母エレンの家の「地下室(Basement)」にこもっていた。
「もう音楽をやめようか」とこぼす孫に対し、祖母が放った言葉が「あいつらをノックアウトしてきなさい!(Mama said knock you out!)」だ。この言葉に火をつけられたLLは、即座にノートを手に取り、制作を開始。攻撃的な表題曲と対をなす形で、自身のセクシーな魅力を最大限に引き出した「Around the Way Girl」が誕生した。
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緻密な音作り:厳選された3つのサンプリング・マジック
プロデューサーのマーリー・マールは、サンプラーSP-1200を駆使し、厳選した3つのネタを重層的に組み合わせた。
- ボーカルと骨格:Mary Jane Girls「All Night Long」
リック・ジェームス制作の図太いベースラインに加え、印象的なボーカルパートをサンプリング。オリジナルのボーカルを「早回し」でループさせることで、ピッチの上がった中毒性の高いフック(サビ)を構築した。
- 都会的な色彩:Keni Burke「Risin’ to the Top」
多幸感あふれるメロディをピッチアップして使用。SP-1200のメモリ制限が生んだこの独特の浮遊感が、後の「チップマンク・ソウル」にも通ずる質感を生んでいる。
- ドラム:The Honey Drippers「Impeach the President」
ヒップホップ界最強の定番ブレイクを採用。メロウなネタを使いつつも、足元をガツンと響かせるストリートの硬派さを維持した。
「Around the Way Girl」の正体:竹ピアスと等身大の美学

曲名にある「Around the Way Girl」とは、直訳すれば「その辺にいる女の子」だ。LL Cool Jはこの定義について、インタビューでこう語っている。
「雑誌の表紙を飾るモデルじゃない。バス停にいたり、スーパーで買い物をしてるような、地に足のついたクールな地元の女の子のことだ」
- トレードマークの竹ピアス: 歌詞にある「大きなゴールドの竹型ピアス(Bamboo Earrings)」は、曲のヒットと共に爆発的なトレンドとなった。
- 飾らない美しさ: ハイブランドの宝石ではなく、タイトなジーンズとスニーカー。この「等身大の美学」の提示は、当時の黒人女性たちに強烈な自負と誇りを与えた。
制作秘話:ラッパーとしてのプライド

当初、この曲はさらにR&B寄りになる案もあったが、LL Cool Jは「俺はあくまでラッパーだ」というスタンスを崩さなかった。
彼はサビで自ら歌うことを拒み、あえて女性コーラス(歌い手のJ’nae)を起用。自身は低音を効かせた、語りかけるようなラップに徹した。この「引き算の美学」が奏功し、Billboard Hot 100で初のトップ10入り(9位)、そしてR&Bチャートでは見事1位(1991年2月2日付)に輝いたのだ。
継承されるDNA:Blxst「Every Good Girl」への影響
この曲の影響力は、リリースから30年以上経った今も全く衰えていない。その証拠に、現代の西海岸シーンを象徴するラッパー/シンガーのBlxst(ブラスト)は、自身の楽曲「Every Good Girl」(2022年)で「Around the Way Girl」へのリスペクトを全開にしている。
Blxstはこの曲で、LL Cool Jがかつて称賛した「Around the Way Girl」の精神を現代版にアップデート。「Around the way, girl…」というフレーズを織り交ぜながら、LL Cool Jが切り拓いた「メロウなトラックに乗せて女性への愛をクールに語る」というスタイルを完璧に継承している。時代が変わっても、この「黄金の方程式」が最強であることを証明してみせた。

結論:30年経っても色褪せない「ストリートの讃歌」
モノクロで撮影されたMVには、プロのモデルだけでなく、実際にクイーンズなどでスカウトされた「本物のAround the Way Girl」たちが登場する。
「雑誌の表紙を飾るモデルではない。バス停にいたり、スーパーで買い物をしてるような、地に足のついたクールな地元の女の子のことだ」というLL Cool Jが提示したこの価値観こそが、この曲を単なるヒット曲を超えた「文化のマイルストーン」たらしめている理由だ。
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