1990年代というR&Bの黄金期を語る上で、避けては通れないグループがある。ニューヨークが生んだ女性ヴォーカル・トリオ、SWV (エスダブリュヴイ)だ。彼女たちが1993年に放った「I’m So Into You」は、単なるヒット曲の枠を超え、当時の空気感を象徴するタイムレスな名曲として今なお愛され続けている。
本稿では、この一曲がいかにして誕生し、なぜこれほどまでに人々の心を捉えて離さないのか、その背景と魅力を深く掘り下げていく。
SWV – I’m So Into You (1992)
始まりは「ゴスペル」と「都会の熱気」

SWVの物語は、1988年に幕を開ける。メンバーはCoko、Taj、Leleeの3人。彼女たちのルーツはゴスペルにあり、その圧倒的な歌唱力と緻密なハーモニーは結成当時から際立っていた。
1992年、彼女たちはデビュー・アルバム『It’s About Time』を世に送り出す。このアルバムは後に300万枚以上のセールスを記録し、トリプル・プラチナ認定を受ける金字塔となるが、その快進撃を決定づけたのが、1993年1月8日にセカンド・シングルとしてリリースされた「I’m So Into You」であった。
制作秘話:ハードから「スムース」への転換
この曲を生み出したのは、気鋭のプロデューサー、Brian Alexander Morganだ。しかし、私たちが現在耳にしているあの滑らかなサウンドは、最初から完成していたわけではない。
当初、モーガンが制作したデモは、エリック・サーモン(ヒップホップ・プロデューサー)の影響を強く受けた、かなりハードで骨太なヒップホップ寄りのトラックだった。しかし、A&R担当者から「彼女たちのソウルフルな魅力を引き出すべきだ」という助言を受け、アレンジを大胆に削ぎ落とす決断を下す。
結果として、ドラム、キーボード、ギターを中心としたシンプルかつ洗練されたサウンドへと再構築された。モーガン自身、この制作過程を「ニュー・ジャック・スウィングから脱却し、ヒップホップ・ソウルへと架け橋を架ける作業だった」と回想している。
名曲を支える「サンプリング」のマジック
この曲の心地よいグルーヴの背後には、ソウル・ミュージックへの深い敬意が隠されている。特筆すべきは、70年代ソウルを代表するシンガー、Betty Wright (ベティ・ライト)の1971年の名曲「Clean Up Woman」をサンプリングしている点だ。
あの印象的なギターのフレーズや軽快なリズムの骨組みを巧みに取り入れることで、90年代らしいモダンな質感の中に、どこか懐かしく、温かみのあるソウルのDNAを注入することに成功した。この絶妙なサンプリング・センスが、SWVのシルキーな歌声を最大限に輝かせる土台となったのである。
Betty Wright – Clean Up Woman (1971)
歌詞に込められた「禁断の恋」のヒリつき
リスナーがこの曲に強く共感した理由のひとつに、その切実な歌詞がある。描かれているのは、「いけないと分かっていながら、誰かのものに夢中になってしまう」という、ままならない恋心だ。
“I’m so into you / I don’t know what I’m gonna do”
“Loving you is wrong / I don’t wanna be right”
「あなたに夢中で、どうしていいか分からない」「あなたを愛することが間違いだとしても、正しくなんてありたくない」――。この奔放でいて繊細な感情表現は、90年代R&Bが持っていたロマンティシズムそのものである。Cokoの伸びやかなリード・ヴォーカルに、TajとLeLeeの柔らかなコーラスが重なることで、単なる恋愛ソング以上のエモーショナルな深みが生まれている。
視覚と記録が証明するインパクト
楽曲のヒットを後押ししたのは、音楽専門チャンネルMTVやBETでヘビーローテーションされたミュージックビデオだ。都会的でクール、かつ成熟したセクシーさを纏った彼女たちのビジュアルは、当時の若者たちの憧れの特となった。
その勢いは数字にも表れている。
- Billboard Hot 100: 最高6位
- Hot R&B Singles: 第2位
- UKシングルチャート: 第17位
- RIAA: プラチナ認定
さらに、2012年にはVH1が選ぶ「90年代の偉大なR&Bソング・ベスト40」で18位にランクインするなど、リリースから20年、30年が経過してもその評価は揺らぐことがない。
時代を越えて響き続ける理由
「I’m So Into You」の生命力は驚くほど長い。ケリー・クラークソンといった実力派アーティストによるカバーや、現代のDJたちによるリミックス、そしてストリーミングサービスのプレイリストを通じて、今この瞬間も新しい世代の耳に届いている。
この曲が色褪せないのは、流行のサウンドを追うだけでなく、ソウルの伝統(サンプリング)を継承し、人間の根源的な情熱を最高級のヴォーカル・パフォーマンスで包み込んだからに他ならない。SWVという3人の歌い手が、Brian Alexander Morganの魔法と出会い、奇跡的に結実した瞬間。それが「I’m So Into You」という楽曲の本質なのだ。
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