Lil Moseyの「Blueberry Faygo」は、2020年2月リリースのポップラップ・ヒットだ。サンプリング元はJohnny Gillが1990年に放ったR&Bクラシック「My, My, My」で、プロデューサーCallanがそのメロディをピッチアップ加工してビートの核に据えた。正式リリース前からリーク版が2,200万再生を叩き出すという前代未聞の騒動を経て世に出た曲で、最終的にBillboard Hot 100最高8位・Spotify10億再生突破という記録を残した——シアトル出身の10代ラッパーが、インターネットの力だけで時代のアンセムを作り上げた一部始終がここにある。
🎧 クイック概要:10秒でわかる基本データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| アーティスト / 曲名 | Lil Mosey / Blueberry Faygo |
| 収録アルバム | Certified Hitmaker(2020年再発版) |
| サンプリング元 | Johnny Gill – My, My, My(1990) |
| 最高位 | 米Billboard Hot 100 最高8位 / 米Rhythmic Songs 首位 |
「Blueberry Faygo」ってどういう意味?——タイトルの背景

まずタイトルの意味から押さえておきたい。「Faygo」はデトロイト発祥のソーダブランドの名前で、ヒップホップの世界では「リーン(lean)」と呼ばれる——コデインや鎮咳シロップを炭酸飲料で割った薬物——と絡めて語られることが多い。「Blueberry Faygo」というフレーズはFaygoのBlueberry Raspberry風味を指す造語的な表現で、ストリートカルチャーの匂いをまとったスラングとして機能している。

歌詞には富・恋愛・ストリートライフが詰め込まれており、明示的な薬物・性的描写もある。それでもサウンドが驚くほど軽やかで、フックがどこまでもキャッチー。Songfactsはこの矛盾を「歌詞のハードさとサウンドのエアリーさのギャップが逆に面白い」と指摘している。ガリガリとした歌詞をふわっとしたビートで包んだのが、TikTok世代に爆刺さりした理由のひとつだ。
元ネタはJohnny Gill「My, My, My」(1990)——30年越しのサンプリング
「Blueberry Faygo」のあの甘い浮遊感の正体は、Johnny Gillが1990年にリリースしたR&Bヒット「My, My, My」だ。Babyfaceと盟友Daryl Simmonsが書き下ろし、L.A. Reid&Babyfaceがプロデュースしたこの曲は、バックボーカルにAfter 7、サックスソロにKenny Gを迎えた豪華な一曲で、全米R&Bチャートで2週間首位を獲得し、Billboard Hot 100でも10位に食い込んだ。1991年のSoul Train Music AwardでBest R&B/Soul Single(Male部門)も受賞している、90年代初頭を代表するスムースなバラッドだ。ちなみにこの曲が収録されているアルバム『Johnny Gill』(1990年)は、GillにとってMotownに移籍して初めてリリースしたソロ作品で、通算では3作目にあたる。
プロデューサーのCallanはこのサンプルをピッチアップして高速化し、スパースなハイハット・サブベース・エアリーなシンセを重ねた。テンポはBPM99と意図的に遅めで、それが「夏の午後にだらっと聴く」あの独特の空気を作り出している。ジョニー・ギルの色気あるバラッドが、30年の時を経て10代ラッパーのトラップ・ポップに生まれ変わった瞬間だ。
「Blueberry Faygo」がヒットしたとき、Johnny Gill本人もRolling Stoneのインタビューで感想を語っている。
「残念ながら俺はあの曲を書いていないんだけどね——"My, My, My"はBabyfaceとDaryl Simmonsが書いた曲だから。でも、こんなに昔にやったことから今の世代がまだインスピレーションを受けてくれているのはうれしい。名前が世に出続けるのは悪くない」
サンプリングされた側も笑いながら語るほど嬉しそうで、なんとも気持ちのいい話だ。
「My, My, My」の記事はこちら。
正式リリース前に2,200万再生——リーク騒動の全貌

この曲の誕生をめぐるドラマは、正式リリースよりずっと前から始まっている。
2019年6月5日、何者かが音源をSpotifyに無断アップロード。瞬く間に数百万再生を叩き出したため、Interscope側が削除申請を出した。ところがそこで終わらなかった。ファンやハッカーたちが今度は「ニセのアーティスト名・ニセのタイトル」を使って偽バージョンをアップし続けたのだ。そのタイトルのバリエーションが笑えるほど豊富だった。
「Blueberry Fuego」「Blueberry Fayego」「Blueberry Fweigo」「Burberry Faygo」「Blueberry Fanta」「Blueberry Fejgo」……。どれも本物ではないが、中身は全部同じ曲だ。このニセバージョン群がニュージーランドのシングルチャートにまでチャートインするという珍事も起きた。
2019年末には、1つのリーク版だけでSpotifyの再生数が2,200万回を突破。当時のマネージャーJosh Marshallはその状況をRolling Stoneにこう語っている。
「"これが22万回じゃなくて2,200万回まで行くとは、普通のアーティストが夢見るような数字だ。ただの俺たちのリークなのに"というわけで、もうこれは手に負えなくなった。なるがままに任せた」
さらにMoseyのファンコミュニティの熱量についてはこう続けた。
「Moseyには本当に大きいリークコミュニティがある。インターネット上で彼の音楽を1曲200ドルで買う子どもたちがいて、まるでポケモンカードみたいに音源をトレードしている。みんなInstagramで繋がっていて、Moseyのリークや写真をシェアし合っている」
リリースが遅れた直接の理由はサンプルのクリアランス交渉だ。Johnny Gillの「My, My, My」の使用許可が下りるまで、どれだけ需要があっても正式公開はできなかった。許可が取れた後、2020年2月7日、2ndアルバム『Certified Hitmaker』の再発盤に収録する形でようやく世に出た。
制作の裏側——同郷の縁で生まれたBPM99のビート

「Blueberry Faygo」は2019年後半、プロデューサーCallanのロサンゼルスにあるホームスタジオで録音された。CallanはLil Moseyと同じシアトル出身のビートメイカーで、同郷のつながりから自然に生まれたコラボだ。
録音は至ってシンプルだった。Lil Moseyはヴォーカルをワンテイクで録り切ったとされており、そのリラックスした空気がそのままトラックに染み込んでいる。カウントアップ式の韻の踏み方——まるで「1、2、3、4、5」と数えるようなフックの構造——について、HotNewHipHopのAlex Zidelは「童謡的な確実性でヒットを狙いにいく手法」と評している。難しいことは何もしていない。ただそれが正解だった。
MV:Hype Houseのプールパーティ——The Kid LaroiもいたあのMV

公式MVは2020年3月26日、Lyrical LemonadeのCole BennettのYouTubeチャンネルで公開された。Cole Bennettはこの時点でLil Moseyとは「Noticed」(2018年)以来の付き合いで、ポップラップ世代のMV監督として最も影響力のある人物の一人だ。
撮影地はロサンゼルスの「The Hype House」——2019〜2020年当時、TikTokクリエイターたちが共同生活することで話題になった、あの伝説のマンションだ。Moseyがそこでプールパーティをホストするコンセプトで、シンクロナイズドスイミングや高所からの飛び込みシーンが挿し込まれたアブサーディストな仕上がりになっている。
出演者のラインアップも豪華だ。オーストラリア出身の当時まだ無名に近かったThe Kid Laroi(後に「Without You」で世界的ブレイク)、TikTokスターのAddison RaeとLil Huddyが登場。MVはLyrical LemonadeのYouTubeチャンネルで3億回以上再生され、同チャンネルの最多再生動画の一つとなっている。
Stereogumのコラムニストは、このMVのMoseyの佇まいについてこう書いた。「彼のMVに出てくるラッパーたちは皆、どこかぎこちなく、ちょっと自意識過剰に見える。Moseyはまさにその典型で、その”映え”とは無縁な雰囲気がむしろ説得力になっている」——確かに、その妙な等身大感が当時のZ世代には刺さったのかもしれない。
TikTokが爆発させた——バイラルチャート7回ランクインの異常な拡散
「Blueberry Faygo」をここまで大きくした最大の要因はTikTokだ。正式リリース前からリーク版がTikTok上を流通しており、ダンスチャレンジや口パク動画が次々と投稿されていた。
リーク終盤の2020年1月、正式リリース直前のおよそ1ヶ月間だけでSpotifyのバイラルチャートに7回以上ランクイン。正式リリース後もその勢いは続き、ラジオ局が反応してチャートを下から上へとじわじわ這い上がっていった。「軽くて、踊れて、フックが強い」——TikTokの10代〜20代前半のデモグラフィックが求めるものを、この曲は全部持っていた。
GRAMMY.comのインタビューで、Moseyはこの曲が刺さった理由をこう語っている。
「正直、ただフィール・グッドな曲だと思う。誰も聴いたことのない、何か新鮮なもの……パンデミックのさなかでも、みんなには夏が必要だった。そういう時代に、こういう曲が必要とされた」
2020年という特殊な時代——コロナ禍で外出もままならない中で、「夏の曲」が求められていたのは確かだ。
チャート記録——62位デビューからRhythmic首位、Hot 100最高8位まで
「Blueberry Faygo」のチャート軌跡は、一気に跳ね上がるタイプのヒットではなかった。2020年2月22日付のBillboard Hot 100に62位でデビューし、当初は大きく動かなかった。ところがTikTokとラジオのオンエアが噛み合うにつれてじわじわと上昇を続け、同年7月18日付でついに最高8位に到達した。Hot 100では計33週間チャートインし、Lil Moseyとしては唯一のトップ10シングルとなっている。
Rhythmic Songsチャートでは2020年6月20日付で首位を獲得。これがMoseyにとって初のBillboard首位だった。Billboardに「初の1位を取れた。これはほんの始まりにすぎない。サポートしてくれる全員に愛を」とメールで語っている。
その他のBillboard各チャートでの記録はこのとおりだ。
- Hot R&B/Hip-Hop Songs:最高10位
- Hot Rap Songs:最高7位
- Pop Songs(エアプレイ):最高13位
- Radio Songs(総合):最高25位
国際的にはベルギーのUltratipチャートで1位、アイルランドとギリシャでは4位まで上昇した。RIAAによる米国での認定は6×プラチナ(2025年時点)。
Spotify10億再生突破——2年かけて積み上げた記録
「Blueberry Faygo」は正式リリースから約2年後の2022年2月26日、Spotifyで10億再生を突破した。リーク版の2,200万再生を足場に、公式リリース後のじわじわとした積み上げを経て大台に達したこの記録は、ストリーミング時代の「スロービルド・ヒット」の教科書として音楽業界でも語り草になっている。一度きりのバズで終わらず、何年にもわたって再生され続けた曲の証明だ。
バラク・オバマのプレイリスト入り——「ちっちゃいガキ」が元大統領に届いた日

「Blueberry Faygo」と同時期にリリースされた「Back At It(feat. Lil Baby)」は、2020年夏に元大統領バラク・オバマの公式サマープレイリストに選出された。
このニュースを聞いたときのMoseyの反応が、GRAMMY.comのインタビューにそのまま残っている。
「俺はちっちゃいガキで、大統領経験者が俺のことを知ってる。マジか……頭がおかしくなりそうだった。シャウトアウトしたい、バラク・オバマ!」
シアトルの片隅でインストを探して自室録音を続けていた10代が、元大統領のプレイリストに名前を刻む。そのギャップがMoseyというアーティストの歩みの面白さを端的に表している。
Lil Moseyとは何者か——高校中退、15歳でLA、シアトルから来た早熟な才能
Lil Moseyの本名はLathan Moses Stanley Echols、2002年1月25日、ワシントン州マウントレークテラス生まれ。シアトル北部で母親に育てられた。兄のQuinnellがかけてくれたJoey Badass、Soulja Boy、50 Cent、Nas、Meek Millのラップを聴いて音楽に目覚め、中学2年のときには自室でインストを探してラップを録音するようになった。2016年にSoundCloudへ曲をアップし始め、早い段階で50,000再生を集めた。同年11月13日にはシアトルで開催されたラップコンテスト「Coast 2 Coast Live」に出場して4位に入賞している。
転機は2017年12月7日リリースのシングル「Pull Up」だ。YouTubeで「Lil Uzi Vertタイプビート」を検索して見つけたBlackMayo製のインストに乗せ、スタジオでフリースタイルして15分で録音を終えたという曲で、MVは公開から1週間で50,000再生、1ヶ月で30万再生を突破し、Interscope Recordsとの契約へとつながった。Moseyはこの成功を受けて、Shorecrest High School在学中の10年生(日本でいう高校1年生)のときに中退し、2018年1月に単身LAへ移住した。
GRAMMY.comのインタビューで、当時を振り返ってこう語っている。
「小さいころから苦しんで生き延びることを学んだ。"自分には他の人みたいなものはない。だから何とかしなきゃいけない。お母さんと家族を心配させたくない"——そう気づいた。だから15歳にして、大人がやるようなビジネスのことを一人でやっていた。俺の頭は18歳より全然年上だ」
母親は最初は反対したが、Moseyは「信じてくれ、絶対うまくいく」と説得し続けた。結果、レーベルミーティングに同席した母親は「うん、やったね」と認めるしかなかった。2018年10月リリースのデビュー・スタジオアルバム『Northsbest』(2017年の同名ミックステープとは別作品)はゴールド認定を獲得し、シングル「Noticed」でHot 100に初チャートイン。翌2019年には2ndアルバム『Certified Hitmaker』でBillboard 200の最高12位を記録した——そして次にやってきたのが、まだ世に出ていない「Blueberry Faygo」だった。
まとめ——リークから10億再生へ、ストリーミング時代の奇跡の軌跡
「Blueberry Faygo」は、ポップラップの歴史の中でも特異な誕生秘話を持つ曲だ。中学2年のときから自室録音を続けたシアトルの10代。1990年のR&Bバラッドをピッチアップしたビート。正式リリース前に「Blueberry Fanta」「Burberry Faygo」などと名前を変えて出回ったリーク版の群れ。TikTokという当時まだ新しかった主戦場。そしてデビュー62位からRhythmic首位・Hot 100最高8位への2年がかりのスロービルド——これだけのドラマが重なって、初めてこの曲は生まれた。
ニセバージョンがニュージーランドのチャートにまで入り込み、元大統領のプレイリストに選ばれ、サンプリングされたJohnny Gillが「名前が世に出続けるのは悪くない」と笑う。Lil Moseyが最後にこう言ったひとことが、すべてを言い尽くしている。
「ただのフィール・グッドな曲だ。誰も聴いたことのない、何か新鮮なもの」
シンプルだが、それが全部だった。
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