A$AP Ferg (エイサップ・ファーグ)は、ニューヨークのハーレムで生まれ育ちました。彼の父親はファッション業界に携わっており、その影響を受けて、かつてはファッションデザイナーを目指していました。しかし、音楽の道に進むことを決意し、2009年頃から本格的にラッパーとしてのキャリアをスタートさせます。
A$AP Fergは、同じくニューヨーク出身のA$AP Rockyとは高校時代からの友人で、彼の招きによってヒップホップクルーA$AP Mobに参加しました。2012年にはシングル『Work』をリリースし、注目を浴びました。そして翌年、彼のデビューアルバム『Trap Lord』は全米アルバムチャートでトップ10入りを果たし、大きな成功を収めました。
その後も、A$AP Fergは音楽活動を続け、2016年にリリースした2枚目のアルバム『Always Strive and Prosper』は、彼の音楽的な幅を広げる作品となりました。また、翌年に発表したシングル『Plain Jane』は、クラブシーンの定番アンセムとして今も多くの人々に愛され続けています。
そして2024年11月、A$AP Fergはアルバム『DAROLD』をリリースしました。新作には、彼の音楽に対する深い想いや、伝えたいメッセージが込められています。これから、アルバムに込められた意味や彼の音楽的な進化について、さらに詳しく掘り下げて解説していきます。
8年ぶりのアルバム『DAROLD』でFergが見せる素顔とは?
A$AP Fergは、前作アルバム『Always Strive and Prosper』(2016年)以来、2枚のミックステープと1枚のEPをリリースしており、アルバムのリリースは8年ぶりとなります。今回のアルバムでは、これまで隠していた自分の本音や制作過程をさらけ出し、アーティストとしての「A$AP Ferg」ではなく、本名である「DAROLD」としての一面を見せようとしています。そのため、アルバムのタイトルは彼の本名『DAROLD』に決まったようです。
これほど自分について話したのは初めてだと思うよ。
そしてそれは弱さの一部であり、俺がこれまで見せようとしなかったかもしれない他の側面を見せること、そして俺のプロセスを見せること、そしてすべてを見せることなんだ。
君たちが見たことのないFergの一面、つまりDAROLDの姿を見せること。
そしてそれが俺がやろうと決めたことなんだ。
新アルバム『DAROLD』は、A$AP Fergがパンデミック中に再び絵を描き始めたことから生まれた作品です。彼はカバーアートを自分で手掛けることで癒しや集中を得て、その結果、アルバムの全てのシングルのアートも自作しました。このプロセスを通じて、アートと音楽の両方で新たな表現を追求したことがアルバムに反映されています。
このアルバムは、俺にとって本当に特別な存在なんだ!まさに芸術作品そのもの。
パンデミックの間に再び絵を描き始め、自分のアルバムのカバーアートを手掛けてみるというアイデアを試してみたんだ。キャンバスにブラシを走らせるという癒しのプロセスが、心を集中させてくれて、シングルのカバーアートも全部自分でやることに決めたんだ。
その感覚は新鮮で、再び絵を描くことに夢中になったよ。
『DAROLD』で語られる過去のトラウマとその解放
新アルバム『DAROLD』は、A$AP Fergがこれまでにないほど内省的な一面を見せる作品であり、彼の過去を明かす楽曲も収められています。特に、10曲目の『Pool』では、彼の過去のトラウマ的な経験がテーマとなっています。この曲では、10歳の時にプールで溺れた際、年上の男性に不適切に触れられたことがラップされており、その出来事が彼にとって深い心の傷を残したことが表現されています。
歌詞では、その後その男性に会うたびに笑われ、秘密を共有しているかのような気持ちになり、非常に嫌な思いをしていたことが描かれています。また、その出来事に対する怒りや復讐心が歌われており、A$AP Fergがどれほどその経験を心に抱え続けていたかが伺えます。
インタビューでA$AP Fergは、この出来事について「俺がまだ子供で、周りにみんながいて、そういう状況だったときにプールで起きた出来事なんだ」と語り、「俺にとっては奇妙な出来事だったし、一瞬のことだった。でも、なぜなんだろうって思ったよ」と振り返っています。また、当時の彼はその経験を胸にしまい込んでいたため、従兄弟に話したと語っています。
A$AP Ferg feat. Elmiene – Pool
A$AP Fergは、映画『プレシャス』のプレミア上映会に行った後、何年も経ってから母親にその出来事を打ち明けたことを明かしました。映画『プレシャス』は、虐待と貧困に苦しむ16歳の少女が主人公で、母親からの身体的および精神的虐待を受けながらも、自らの力で人生を変えようとする姿を描いています。この映画を観て、Fergは自分の過去の経験と向き合い、母親に打ち明ける決断をしたようです。
さらに、彼は『Pool』を書くのに8年かかったことも語り、これまでの経験を共有することの重要性を強調しました。「どこでもこんなひどいことが起こっているのに、みんなはそれを話そうとしない」と述べ、「俺は『何を話しているんだろう?』と思った。でも、俺がこんなことを引き起こしたわけじゃない。そんなひどいことを内に秘めておくべきではない」とも語っています。
収録曲について
A$AP Fergのアルバム『DAROLD』には全12曲が収録されており、Future、Mary J. Blige、Denzel Curry、Coco Jones、DD Osamaなどのアーティストがゲスト参加しています。
『Light Work』feat. DD Osama, Bloody Osiris, Soul II Soul, The Alumni Ensemble of Harlem
アルバムのオープニングを飾る『Light Work』は、DD Osama、Bloody Osiris、Soul II Soul、The Alumni Ensemble of Harlemといったアーティストが参加した曲で、ベテランと若手が見事に融合したナンバーです。この曲は、ジャージークラブとドリルを組み合わせたビートが特徴的で、特にLil Uzi Vertのシングル『Just Wanna Rock』を手掛けたプロデューサーMCVerttが共同プロデュースを担当しています。
歌詞では、成功や豪華な生活(高級車や時計など)を手に入れたことを表現し、その過程で経験した困難やストリートでの過去についても語られています。また、ハーレムのスタイルやスラングを真似する人々を批判し、自分たちのアイデンティティを強調しています。特に「ライトワーク」というフレーズは、自分たちの成功や活動が簡単なことだと自信を持って言っている表現であり、全体として自信と誇りを持って自分たちのスタイルや文化を主張する内容となっています。
『Thought I Was Dead』
2曲目『Thought I Was Dead』は、アルバムのリードシングルとして2024年10月にリリースされました。この曲では、成功と逆境に対する反応が表現されています。歌詞では、過去の失敗や困難な状況から立ち直り、成長したことが強調されています。元恋人との問題や金銭的な困難に直面しながらも、自分の力で成功を手に入れ、人生を再構築しようとする姿勢が描かれています。
特に「死んだと思ってた」というフレーズは、周囲が彼の失敗や挫折を予測したものの、実際にはそれを乗り越え、成功を収めたことを象徴しています。彼は自分の成長を誇示し、過去の自分を超えていく強い姿勢を示しています。
『Demons』feat. Denzel Curry
5曲目『Demons』は、Denzel Curryとのコラボレーションで、内面的な闘争と外部からの圧力をテーマにしています。歌詞では、悪魔や苦しみ、過去のトラウマが繰り返し登場し、精神的な葛藤を表現しています。A$AP Fergは、若い頃から「悪魔」と戦い続け、家族の問題や社会的なプレッシャーにも直面してきたことを語り、その中で自分自身を守り続けてきたことを伝えています。
また、彼は自分の「魂」が売られることはないと強調し、外部の誘惑や損得勘定に左右されない強い意志を示しています。曲の後半で登場するDenzel Curryは、彼自身の闘いと信念を表現し、無意味な争いや偽りの信仰を拒否する姿勢を見せています。全体的に、自己の価値観と戦いながら、内面的な強さを求める歌詞が展開されています。
『French Tips』feat. Coco Jones
7曲目『French Tips』は、R&BシンガーCoco Jonesを迎え、Brandyの名曲『I Wanna Be Down』(1994年)をサンプリングした曲です。この曲では、豪華なライフスタイルと男女の関係を楽しむ様子が描かれています。
$AP Fergは、自身の成功を誇りに思い、それを特別な女性と共有する時間を心から楽しんでいる様子を歌詞に込めています。一方で、Coco Jonesは、相手が自分にとって理想的な存在かどうかを見極めようとする心の揺れを表現しています。彼女の柔らかな歌声が楽曲全体にエレガントな雰囲気を与えています。
Brandy – I Wanna Be Down (1994)
おわりに
A$AP Fergは自身のInstagramで、アルバム『DAROLD』が完成するまでに時間がかかった理由について語り、この作品が成長した自分自身を反映したものであることを伝えています。
成長するための時間をくれた家族、友達、ファンの皆に感謝するよ。
アルバムを作るのに4年もかけたくはなかったけれど、何か言いたいことがない限り話したくないとも思っていたんだ。
俺が人間として進化したことで、芸術性も高まった。話すと長くなりそうだから、コメント欄や直接会った時に話そう。
PS. 初めて聴くときは最後まで聴いてくれ。全編が1つの長い曲のようにデザインされているからね。
A$AP Fergのアルバム『DAROLD』は、彼の音楽キャリアの中で最も個人的で内省的な作品として位置づけられています。過去のトラウマや成長した自身の姿を赤裸々に描き出し、その深みは音楽だけでなく、アート全体においても一層際立っています。家族や友人、そしてファンへの感謝の気持ちが込められたこのアルバムは、彼の人生そのものを凝縮したかのような内容となっています。
『DAROLD』は、A$AP Fergがアーティストとして、そして1人の人間としてどのように進化してきたのかを鮮明に感じさせる貴重な作品です。その誠実なメッセージと物語を通じて、リスナーにも深い感動と影響を与えるでしょう。
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