The Emotions「Best of My Love」元ネタ解説|サンプリング曲・イーグルスとの違い・Mariah Careyとの関係まで

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The Emotionsの「Best of My Love」は、1977年にBillboard Hot 100で5週1位(非連続)を記録したソウル・ファンクの名曲だ。プロデューサーはEarth, Wind & FireのMaurice White、バックバンドもEW&Fのメンバーが務めた。グラミー賞「Best R&B Performance By A Duo Or Group With Vocals」を受賞し、シカゴのゴスペル三姉妹が1977年の夏を制圧した。

Maurice Whiteとの徹底したリハーサル、Wandaの圧倒的なファルセット、そしてそのグルーヴが後のHip-Hopシーンで何度もサンプリングされ続けた理由まで――制作の裏側を掘り下げていく。

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🎧 クイック概要:10秒でわかる基本データ

アーティスト / 曲名The Emotions /「Best of My Love」
収録アルバムRejoice(1977年)
サンプリング元なし(この曲自体がDe La Soul、Mariah Carey、Paul Russell等に使用された)
最高位Billboard Hot 100:1位(5週・非連続)
R&Bチャート:1位
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The Emotionsとは――教会から生まれたシカゴの三姉妹

The Emotionsは、イリノイ州シカゴ出身のHutchinson三姉妹――Wanda、Sheila、Jeanette――によるR&B/ソウルグループだ。その出発点は、まぎれもなく「教会」だった。

1957年、父・Joe Hutchinsonの指導のもと「Hutchinson Sunbeams」として結成。三姉妹は地元シカゴの教会でゴスペルグループとして歌い始め、1958年にはテレビ番組に初出演を果たした。Mahalia Jacksonの前座を務めるなど地域での活動を重ねた末、1968年にシカゴのRegal Theatreのタレントコンテストをきっかけに、Staxの傘下レーベルVolt Recordsと契約。名前を「The Emotions」に改め、プロとしてのキャリアをスタートさせた。

Stax時代の代表曲「So I Can Love You」(1969年)はR&Bチャート3位・Billboard Hot 100で39位を記録し、着実な足跡を残した。しかし1975年にStax Recordsが経営破綻。Earth, Wind & FireのリーダーであるMaurice Whiteが三姉妹をColumbia Recordsと自身のプロダクションに迎え入れたことで、キャリアは大きく飛躍する。

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Maurice Whiteの徹底したプロデュース――EW&Fのグルーヴがそのまま乗り移った

「Best of My Love」はMaurice WhiteとAl McKay(いずれもEarth, Wind & Fireのメンバー)の共作で、アルバム『Rejoice』(1977年)に収録された。プロデュースはWhiteとClarence McDonaldが共同で担当している。

三姉妹はレコーディングの前にスタジオへ招かれ、十分なリハーサルをこなした。Maurice Whiteは彼女たちのゴスペル仕込みのボーカルアレンジを尊重しながら、ディスコ・ファンクの時代感覚を加えることに腐心した。バックバンドにはEarth, Wind & Fireのメンバーが名を連ね、Al McKay(ギター)、Larry Dunn(シンセ)、Fred White(ドラム)、Verdine White(ベース)が演奏。さらにEW&Fのホーンセクション「Phenix Horns」(Don Myrick、Louis Satterfield、Rahmlee Davis、Michael Harris)も参加し、あのグルーヴが生み出された。

Whiteはこの曲について「Earth, Wind & Fireのためには絶対に書かなかっただろう曲」と語っており(Songfacts)、The Emotionsのゴスペルとしてのポジティビティにこそ合う楽曲として意図したことがわかる。歌詞は愛する人への純粋な感謝と喜びをテーマとしており、EW&Fに通じる「ポジティブなメッセージをグルーヴに乗せる」という哲学が色濃く反映されている。

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あのファルセットはどうして生まれたか――Wandaの証言

この曲を唯一無二にしているのが、リードボーカルWanda Hutchinsonの突き抜けるファルセットだ。ブリッジで一気に跳ね上がるあの高音は、聴いた瞬間に体が反応する。SheilaとPamelaはバッキングボーカルに回り、三人の声が重なることでこの曲のグルーヴが完成する。

Wandaはその高音域について、Maurice Whiteから「普段より1オクターブ上で歌うよう」指示されたと語っている。「高音域に入ると、ビブラートの強さが少し変わった」(Songfacts)。この発言はEW&Fとのコラボ曲「Boogie Wonderland」(1979年)のレコーディングに関するものだが、MauriceとWandaの高音域へのアプローチを端的に表している。

このファルセットの源泉は、幼少期からゴスペルで鍛えられた発声法にある。ブリッジへ向かうたびにWandaのファルセットが一段階上昇し、聴き手の感情を高揚させる構造になっている。そしてブリッジのクライマックスで飛び出す「owww!」という叫びこそが、後世のHip-Hopプロデューサーたちを虜にした瞬間だ。

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チャート成績――1977年の夏を5週間制圧した

「Best of My Love」は1977年8月20日にBillboard Hot 100で1位を獲得。4週連続で首位を守った後、一度順位を落としてから再び1位へ返り咲き、合計5週(非連続)でトップの座を維持した。R&Bシングルチャートでも1位を記録し、ポップとR&Bの両フィールドを同時に制圧している。

ビルボードのYear-End Hot 100(1977年度)では年間3位にランクイン。年間1位はRod Stewartの「Tonight’s the Night (Gonna Be Alright)」、年間2位はAndy Gibbの「I Just Want to Be Your Everything」で、「Best of My Love」はそれに次ぐ成績だ。1977年を代表するヒットの一角を占めていることは間違いない。

なお、1977年のビルボードで5週の1位を記録することは、現代以上に困難だった。当時の順位はラジオのエアプレイと実際のシングル販売数のみで決まり、デジタルストリーミングのような補正は存在しない。数字の重みが今とは根本的に違う。

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グラミー賞を受賞――「ソウルの質」が業界に認められた

商業的な成功だけではなかった。「Best of My Love」は第20回グラミー賞(1978年)で「Best R&B Performance By A Duo Or Group With Vocals」を受賞した。ノミネートではなく受賞であり、その年のR&B部門グループの頂点に立っている。アメリカン・ミュージック・アワードでも「Favorite Soul/R&B Single」を受賞し、二冠に輝いた。アルバム『Rejoice』もBillboard 200で7位まで上昇し、グループの商業的ピークを形成している。

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「owww!」の衝撃――Hip-Hopシーンへの影響

「Best of My Love」がその後の音楽史に残した最大の遺産が、ブリッジ終盤の「owww!」という叫びだ。De La Soulの「Say No Go」(1989年)、Snoop Doggの「Doggy Dogg World」(1993年)、Killer Mikeの「Ghetto Gospel」(2012年)など、Hip-Hopの名曲が繰り返しこの瞬間をサンプリングしてきた。

Mariah Careyも「Emotions」(1991年)でこの楽曲のグルーヴをほぼそのまま使用した。直接のサンプリングではないが、メロディの類似があまりにも顕著だったため、Maurice WhiteがCareyとC+C Music Factoryを提訴。双方は裁判外で和解し、Whiteは後に「サンプリングならまだしも、曲をまるごと持っていった」と語っている。

直近では2023年にPaul Russellが「Lil Boo Thang」でサンプリングし、TikTokを経由して再び若い世代の耳に届いた。「Best of My Love」はクラシックR&Bの教科書的存在として、今もサンプリングされ続けている。

Paul Russell「Lil Boo Thang」の記事はこちら。

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知っておきたいトリビア

① Jeanette不在でPamelaが加入した理由
「Rejoice」レコーディング当時、オリジナルメンバーのJeanetteは出産のため一時離脱していた。その代替として妹のPamela Hutchinsonがグループに加わり、本作に参加。JeanetteはRejoice後にグループへ復帰している。

② バックバンドは実質Earth, Wind & Fire
プロデューサーのMaurice WhiteはEarth, Wind & Fireの全盛期と並行してThe Emotionsのプロデュースを手がけた。バックトラックにはEW&Fのメンバーが参加しており、「Best of My Love」のグルーヴはEW&F直系といっても過言ではない。EW&Fとの縁はその後も続き、1979年には「Boogie Wonderland」でコラボレーションを果たし、Billboard Hot 100で6位を記録している。

③ イーグルスとの「同名曲」問題
「Best of My Love」というタイトルはイーグルス(1974年)も使用しており、検索やプレイリストで混同されやすい。どちらも名曲だが、イーグルス版はカントリー寄りのスローバラード、The Emotions版はアップテンポなソウル・ファンクだ。

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レガシー――半世紀経っても色あせない理由

「Best of My Love」は、1970年代ソウル/R&Bの黄金期を象徴する楽曲として、多くのコンピレーションやベスト盤に収録されてきた。Billboardは2015年に発表したガールグループ・ソング歴代ランキングで本曲を1位に選出しており、その評価は時を経ても揺るがない。

近年はSpotifyの「70年代ソウル」「ドライブミュージック」といったプレイリストにも頻繁に選出されている。世代を超えて聴き継がれるポップネスと、ゴスペル由来の圧倒的なボーカルパフォーマンス。この二つが揃っているからこそ、半世紀近く経った今も古びない。

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まとめ

The Emotionsの「Best of My Love」は、Maurice Whiteの卓越したプロデュース、Wanda Hutchinsonの圧倒的なファルセット、Earth, Wind & Fireのバックバンドという三つの力が重なって生まれた1977年の傑作だ。Billboard Hot 100で5週1位・年間3位、グラミー受賞という記録は、単なるヒット曲ではなく時代を超えたソウルの名曲であることを証明している。

De La SoulからPaul Russellまで、世代を超えてサンプリングされ続けるこの曲は、ゴスペルからポップ・ソウルへと至るブラックミュージックの系譜を体現する一曲だ。未聴の方はぜひ、あのファルセットが駆け上がる瞬間を体験してほしい。

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