ブルックリン・ドリルの旗手として、彗星のごとく現れ、そしてあまりにも早く去っていったラッパー、Pop Smoke (ポップ・スモーク)。彼の遺作となったアルバム『Shoot for the Stars, Aim for the Moon』(2020年)の中でも、ひときわ異彩を放ち、今なお愛され続けている名曲が「What You Know Bout Love」だ。
この曲は、単なるチャートヒットにとどまらない存在感を放っている。強面のラッパーが見せた、驚くほど素直で柔らかな「愛の本音」が刻まれた一曲である。
Pop Smoke – What You Know Bout Love (2020)
ドリル・ラッパーが秘めていた「恋愛モード」
ポップ・スモークといえば、地を這うような低音ボイスと過激なドリル・サウンドの代名詞だった。しかし、この曲で彼はそのイメージを鮮やかに裏切ってみせる。
所属レーベル『Victor Victor Worldwide』の幹部、スティーヴン・ヴィクターは、初めてこの曲を聴いた時の印象について語っている。
「この曲で彼は、単なるブルックリンのドリル・ラッパー以上の存在になる」
実際、ポップ・スモーク自身もこの曲を特別なものと考えていた。生前の彼はこの曲について『Yo, this is for when I’m in my love bag(これは俺が“恋愛モード”にいる時のための曲だ)』と語っていたと伝えられている。激しいサウンドでシーンを制圧する一方で、彼は自分の内側にあるセンシティブな感情を解き放つタイミングを、虎視眈々と狙っていたのだ。
運命的な出会いが生んだ「R&Bとドリルの融合」
この曲の心臓部は、2001年のR&Bクラシック、Ginuwine (ジニュワイン)の「Differences」をサンプリングしたメロディアスなトラックにある。オリジナルの温かみのあるコード進行が、ポップ・スモークのハスキーな声と見事な化学反応を起こしている。
Ginuwine – Differences (2001)
制作背景には、まるで現代の神話のようなエピソードがある。
- ビートの起源: プロデューサーのIAmTashが、もともとPlayboi Carti風のビートとしてYouTubeやSNSに公開していたものだった。
- 偶然の発見: ポップ・スモークはYouTubeでプロデューサーが公開したビートを見つけ、そのまま自身の曲として使っていった可能性が高い。
- 昇華: 彼はこのビートに合わせて踊る動画を公開し、自身のスタイルを乗せていった。
当初、制作者側もこのビートがどう転ぶか予測できていなかったが、結果として「甘くセンチメンタルなR&B」と「彼の荒々しいカリスマ性」が調和した、唯一無二の楽曲が誕生した。
「何気ない日常」こそが愛。歌詞に込められた純粋な視点
約2分40秒というコンパクトな時間の中に、彼は虚飾のない恋愛観を詰め込んだ。歌詞を読み解くと、そこにあるのは派手なラッパーの生活よりも、むしろ「地に足のついた日常の幸せ」だ。
- 日常の描写: 彼女が毎朝ジョギングをし、朝食を作ってくれる。そんな何気ないルーティンへの感謝。
- 信頼の形: 自分のそばにいて支えてくれる存在への、無防備なまでの信頼。
- 問いかけ: サビで繰り返される「What you know ’bout love?(愛について何を知っている?)」という問い。
彼はここで、ステレオタイプな「強い男」を演じるのをやめている。高級ブランドの名前こそ登場するが、その本質は「好きな人を喜ばせたい」という純粋な動機だ。リスナーは、彼の荒い声の隙間に漏れ出す、一人の青年としての「素顔」に触れることになる。
記録と記憶。SNSが加速させた熱狂
リリース後、この曲は全米ビルボードHot 100で最高9位、UKチャートで4位を記録する大ヒットとなった。しかし、数字以上にこの曲を象徴したのがTikTokでの爆発的な流行だ。
この曲はTikTokで2020年のトップ10に入るほど人気を博し、SNSを通じて爆発的に広まった。数え切れないほどのダンスチャレンジやカップル動画のBGMとして使用された。ファンコミュニティでは「彼がすぐそばで語りかけてくれているようだ」という声が溢れ、非業の死を遂げた彼とファンを感情的に結びつける、最も重要な架け橋となった。
映像に残された、彼からの最期のメッセージ
オリバー・キャノンが監督したミュージックビデオはファンへの追悼となる作品として制作された。そこには生前の未公開映像、スタジオでのリラックスした表情、家族や友人と過ごすプライベートな瞬間、そして世界中のファンによるTikTok動画が収められている。
映像の終盤では彼がカメラに向かって、『誰にもできないなんて言わせるな。やりたいことをやれ(Don’t let nobody ever tell you you can’t do nothing…)』と励ますメッセージが残されている。
この前向きなメッセージは、彼の短いが生涯をかけた生き様そのものであり、今も多くの人の胸を打ち続けている。
多才さを証明し、語り継がれる「愛の言葉」
「What You Know Bout Love」は、ポップ・スモークというアーティストが持っていた「音楽的な多様性」と「人間的な深み」を証明した。ドリルという枠に収まりきらない彼の才能は、この曲を通じてポップ・カルチャーのメインストリームへと昇華された。
彼がこの世を去って数年が経つが、この曲が鳴るたびに、私たちは彼が抱いていた情熱と、誰よりも素直だった愛の形を思い出すことになる。それは、彼が残した最も甘く、最も切実な遺産である。
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