Nas「Hip Hop Is Dead」|“ヒップホップは死んだ”発言の真意とサンプリングの意味

2000年代
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2006年、ニューヨークが誇るヒップホップ・レジェンド、Nas (ナズ)が放った一曲のタイトルは、シーンに激震を走らせた。その名も「Hip Hop Is Dead」。

これは単なるセンセーショナルな煽りではない。文化の根幹が揺らぎ、商業主義に飲み込まれていく現状に対する、彼なりの悲痛な叫びであり、深い愛を込めた「宣戦布告」だった。

Nas – Hip Hop Is Dead (2006)

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衝撃のタイトルが突きつけたもの

「ヒップホップは死んだ」という言葉の真意について、Nasは決して文字通りの「終焉」を意味していたわけではない。彼はインタビューで、その意図を明確に語っている。

「ヒップホップが死んだというのは、アーティストたちがもはや本来の力を持っていないという意味だ。彼らはもっと大きな影響力を持つべきなんだ」

彼が危惧していたのは、表現の純粋さよりもビジネスが優先され、アーティストが業界の重鎮(例えばジミー・アイオヴィンのような人物)に主導権を握られている現状だ。権力が作り手から離れ、金や物質主義、表面的な暴力性ばかりが賞賛される。その結果、個性が失われ、かつて社会を映し出す鏡であったはずの“生の声”が聞こえなくなってしまった。

また、Nasはこのメッセージが「主にニューヨークのラッパーたちに向けたものだった」とも述べている。東海岸ヒップホップの勢いが衰え、ルーツであるはずの場所から活気が失われていくことへの失望も、この過激な言葉の裏には隠されていた。

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黄金時代を呼び覚ます「音」の継承

サウンド面では、Black Eyed Peasのwill.i.amをプロデューサーに迎え、伝統的なブーンバップ・スタイルを現代に蘇らせた。ここで特筆すべきは、ふんだんに盛り込まれたサンプリングの妙だ。

本作のビートの中核を成しているのは、Incredible Bongo Band (インクレディブル・ボンゴ・バンド)による「In-A-Gadda-Da-Vida」のブレイクビーツである。その質感は、「Apache」や Billy Squier (ビリー・スクワイア)「The Big Beat」といった、ヒップホップ黎明期を象徴するクラシック・ブレイクの系譜を強く想起させるものでもある。

Incredible Bongo Band – In-A-Gadda-Da-Vida (1973)

Incredible Bongo Band – Apache (1973)

こうした80年代以前のファンク/ロックの記憶を呼び起こすビートは、ヒップホップの歴史そのものを現在へとつなぎ合わせようとするNasの意志の表れだ。実はこの「In-A-Gadda-Da-Vida」のブレイクは、彼が2004年に発表した「Thief’s Theme」でも使用されており、「ヒップホップは死んだ、だからこそ過去の骨を叩いてドラムを鳴らすしかない」という、皮肉めいた再解釈もまた、本作の深みとなっている。

Billy Squier – The Big Beat (1980)

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反発と誤解、そして和解

この曲がリリースされた当初、ヒップホップ・コミュニティの反応は真っ二つに分かれた。特に、当時ヒットを連発していたサウスのラッパー、Jeezy(ヤング・ジージー)は「Nasは俺たち若い世代を否定している」と受け取り、公然と反論。世代間の対立が表面化する事態となった。

しかし後にNasはJeezyと直接対話し、真意を伝えることで誤解を解いている。「誰に向けた言葉かをはっきりさせなかったのは自分の失敗だった」と振り返るNasの姿からは、独りよがりな批判ではなく、あくまで文化を想うがゆえの葛藤が見て取れる。

また、あるインタビューでは「自分もこの業界で金を稼いでいる以上、矛盾した立場にいる」と自嘲気味に語るなど、ビジネスと芸術の間で揺れるリアリストとしての顔も覗かせている。

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「死」の先にある希望

リリースから15年以上が経過した今もなお、この曲は議論の起点であり続けている。サビで繰り返される「If hip hop should die before I wake…(もし俺が目覚める前にヒップホップが死ぬのなら……)」というラインは、文化を最後まで守り抜くという彼の強い責任感の象徴だ。

興味深いのは、2025年におけるNasの言葉だ。彼は現在のシーンについてこう語っている。

「あの頃ヒップホップは死んだと言ったが、それは“ある意味で”の話だ。今はケンドリック・ラマーやクリプス、そして若いアーティストたちが、この文化に新しい息を吹き込んでくれている」

かつて「死」を宣告することで、Nasはシーンに冷や水を浴びせ、本質を見つめ直す機会を与えた。その問いかけがあったからこそ、今日のヒップホップには新たな生命が宿っているのかもしれない。

「Hip Hop Is Dead」は、単なる批判を超えた「文化への祈り」として、これからも語り継がれていく一曲となるだろう。

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