Rihanna「Don’t Stop the Music」の元ネタとは?“ママ・セ・ママ・サ”の意味とMichael Jackson→Soul Makossaのサンプリング、著作権訴訟まで解説

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Rihanna(リアーナ)の「Don’t Stop the Music」は、マイケル・ジャクソンの伝説的チャント「ママ・セ・ママ・サ・ママ・クーサ」をサンプリングし、2007年に世界10カ国以上でNo.1を獲得したダンスポップの名曲だ。一度聴いたら頭から離れないあのフレーズには、1972年から始まる三世代にわたるサンプリングの連鎖と、マイケルに直接電話して許可を取ったというリアーナの行動力、そして後に起きた著作権訴訟という「まさかの落とし穴」まで、とにかく話題が尽きない。

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🎧 クイック概要:10秒でわかる基本データ

アーティスト / 曲名Rihanna / Don’t Stop the Music
収録アルバムGood Girl Gone Bad(2007年)
サンプリング元Michael Jackson『Wanna Be Startin’ Somethin’』(1983年)
※さらにその元ネタはManu Dibango『Soul Makossa』(1972年)
最高位米Billboard Hot 100:3位
米Dance Club Songs:1位
オーストラリア・フランス・ドイツほか計10カ国以上で1位
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「ママ・セ・ママ・サ」って何語?どういう意味?

この曲を語るうえで、まず誰もが気になるのが「ママ・セ・ママ・サ・ママ・クーサ」というフレーズの正体だろう。結論から言うと、あのチャントはカメルーン出身のサックス奏者・マヌ・ディバンゴ(Manu Dibango)が1972年にリリースしたアフロ・ファンクの傑作「Soul Makossa」が起源だ。

オリジナルのフレーズは「ママ・コ、ママ・サ、マコ・マコ・サ」というカメルーンのドゥアラ語をベースにしており、「Makossa(マコッサ)」はディバンゴが代名詞とするカメルーン発祥の音楽ジャンル名だ。このフレーズの「マコッサ」はカメルーンのドゥアラ語に由来し、踊りや音楽と結びついた言葉として認識されている。このチャントがディスコ・クラブで爆発的な人気を博した。

ところが、マイケル・ジャクソンがこれをサンプリングしたとき、発音が変化した。「ママ・セ、ママ・サ、ママ・クーサ」というスワヒリ語風の響きに変わり、意味よりも音とリズムの気持ちよさが前面に出た。リアーナの「Don’t Stop the Music」で使われているのもこのマイケル版だ。つまりあのチャントは、本来の言語的な意味よりも音とリズムの快楽そのものゆえに50年以上にわたって使い回されてきた、音楽史の”黄金のフレーズ”なのだ。

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サンプリングの連鎖:1972年→1983年→2007年、三世代をまたぐ旅

「Don’t Stop the Music」のサンプリング構造は、音楽史の教科書に載るレベルで面白い。

【第1世代/1972年】Manu Dibango「Soul Makossa」
カメルーン出身のサックス奏者マヌ・ディバンゴがリリースしたアフロ・ファンクの傑作。ドゥアラ語チャントを収録し、世界中のディスコで流れた。このフレーズが、以後50年以上にわたる”黄金のチャント”の原点となる。

【第2世代/1983年】Michael Jackson「Wanna Be Startin’ Somethin’」
1982年リリースのアルバム『Thriller』の冒頭を飾るこの楽曲で、マイケルはディバンゴのチャントを無断でサンプリング。後に訴訟となり示談で決着したが、このサンプリングによって「ママ・セ・ママ・サ・ママ・クーサ」は全世界に広まることになった。

【第3世代/2007年】Rihanna「Don’t Stop the Music」
リアーナはマイケル・ジャクソンに直接連絡を取り、サンプリングの許可を得た。マイケルは快諾したという。ここまでは美談だが、実はこの後に大きな問題が待ち受けていた。

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マイケルに許可を取ったのに訴えられた? 著作権訴訟の”落とし穴”

リアーナはマイケル・ジャクソン本人から「使っていいよ」と許可をもらって安心していた。ところが2009年2月、マヌ・ディバンゴがパリの裁判所にリアーナとマイケル・ジャクソン両名を相手取った著作権侵害訴訟を起こしたのだ。

ディバンゴ側の主張はこうだ。「マイケルが許諾できるのは自分の楽曲『Wanna Be Startin’ Somethin’』の使用についてだけ。そもそもあのチャントの著作権は私にある。リアーナは私から直接許可を取っていない」というものだ。

つまり問題の構造はこうなる。マイケルは1983年にディバンゴのチャントを無断でサンプリングし、後に示談で解決した。ただしその示談で認められたのは「マイケルがそのフレーズを自分の曲として使うこと」であって、「他のアーティストがマイケル経由でそのフレーズを使う権利」ではなかった。つまりマイケルには、リアーナにディバンゴのフレーズの使用を許可する権限がそもそもなかった。

訴訟の結末は「訴え却下(inadmissible)」という形だった。2009年2月の提訴からわずか3週間後、パリの裁判所はディバンゴの訴えを退けた。理由はこうだ。2008年に別のパリの裁判官が「フランス版リリースのライナーノーツにディバンゴの名前を記載すること」をUniversal Musicにすでに命じており、そのクレジット掲載に際してディバンゴが法的手続きを取り下げていた。この取り下げが「これ以上の損害賠償を求める権利を放棄した」とみなされたため、新たな請求は認められなかったのだ。サンプリングの二次・三次許諾がいかに複雑かを示す事例として、今もたびたび引用される。

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リアーナが「脱皮」した3rdアルバム『Good Girl Gone Bad』

「Don’t Stop the Music」が収録された3rdアルバム『Good Girl Gone Bad』(2007年)は、リアーナのキャリアにおける決定的な転換点だった。カリブ海のダンスホール色が強かった前2作から一変し、ポップ・ダンス路線へと大胆にシフト。Timbaland、Ne-Yo、Justin Timberlakeなど当時最前線のプロデューサーたちが集結し、全12曲が何らかの国でヒットするという驚異的な完成度を誇った。

「Don’t Stop the Music」はアルバムの4枚目のシングルとして2007年9月7日にリリース。ドイツ・オーストラリアで先行ヒットし、米国では2008年初頭に火がついた。プロデュースはノルウェー出身のデュオStarGate(ミッケル・ストーリア・エリクセンとトル・エリック・ハーマンセン)が担当し、Tawanna Dabneyが共同で作詞に参加。ニューヨークのBattery Studiosとロサンゼルスのウェストレイク・レコーディング・スタジオで収録された。

サウンドはテクノとハウスミュージックの要素を前面に出しつつ、ヒップホップ的なリズム構造を採用しているのが特徴だ。ニューヨーク・タイムズの評者はこの曲を「厳格なテクノビートの中に高揚感を見出している」と表現。AllMusicのStephen Thomas Erlewineは「エモーショナルに距離を置いた、少しなめらかで悪戯っぽいが、わずかに哀愁も漂う」リアーナのボーカルを高く評価した。GRAMMYも「マイケル・ジャクソンのサンプリングを通じて彼女のデジタル時代における地位を確固たるものにした」と評している。

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10カ国以上でNo.1、グラミーノミネートも チャートと受賞歴

アメリカでは2007年12月にBillboard Hot 100に94位でデビューし、2008年2月に最高3位まで上昇。ダンスチャートではリアーナにとって当時6枚目の1位シングルとなり、RIAAの認定は現在6倍プラチナ(米国での売上は2015年時点で370万ダウンロード超)にまで達している。Billboardは2012年の「リアーナ歴代20大ヒット」ランキングでこの曲を13位に選び、「この2007年のフロア・フェイバリットから頭を離せるかどうか、挑んでみてほしい」と記している。

国際的にも圧倒的な成功を収めた。オーストラリアでは「SOS」「Umbrella」に続く3度目のNo.1シングルとなり、フランスでもリアーナ初の仏シングルチャート1位(2週連続)を獲得。ドイツ、スイス、オーストリア、ベルギー、フィンランド、スペインなど計10カ国でチャートトップに君臨した。

賞レースでも存在感を示した。2008年グラミー賞Best Dance Recording部門にノミネートされ(惜しくもジャスティン・ティンバーレイクの「LoveStoned/I Think She Knows」に敗れた)、2008年NRJ Music AwardsではBest International Songを受賞。ASCAPも2009年に「最も多く演奏された楽曲」の1つとして認定している。2026年時点でオーストラリアでは12倍プラチナ(84万ユニット相当)、英国でも2025年10月に3倍プラチナ(累計180万ユニット超)を達成しており、リリースから18年が経つ今もストリーミング時代の現役名曲であり続けている。

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MV:プラハのキャンディショップに「秘密のクラブ」があった

ミュージックビデオはアンソニー・マンドラーが監督を務め、2007年5月にチェコ・プラハのナイトクラブで撮影された。なお「Shut Up and Drive」のMVもアンソニー・マンドラー監督のもと同じプラハで撮影されており、リアーナは2作連続してプラハに渡航している。

内容はシンプルにかっこいい。リアーナが2人の友人と黄色いタクシーから降り立ち、キャンディショップへ入店。そこで少年に「どこへ行くか誰にも言うなよ」と耳打ちして、店の奥の隠し扉から秘密のナイトクラブへと潜り込む。以後はクラブで踊り、鏡の前でメイクを直し、フロアで盛り上がる──という、2007年的なクラブシーンを絵に描いたような映像だ。VH1のクリストファー・ローザはリアーナの歴代MVランキングでこの映像を18位に選んでいる。

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ジャズ・ピアニストもカバー リミックスと派生作品たち

ダンスポップの楽曲がジャズ畑のアーティストにカバーされてヒットする──そんな珍しいことが実際に起きた。英国のジャズ・ピアニスト&シンガーのジェイミー・カラムが、2009年のアルバム『The Pursuit』の2枚目のシングルとしてカバーバージョンをリリース。このカバーはオランダ、ベルギー、フランスなど複数のヨーロッパ諸国でチャートインし、異例のヒットを記録した。

これは「Don’t Stop the Music」が持つメロディとフックの強さを証明するエピソードだろう。ジャンルを超えて解釈されても成立するほど、楽曲の骨格が強固なのだ。

クラブシーン向けのリミックスも多数制作されており、WideBoysのクラブミックス、Bob Sinclar、Jody Den BroederらヨーロッパのトップDJたちによるリミックスがリリースされた。

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グラミー、スフィンクス、4曲メドレー──伝説のライブ演奏史

「Don’t Stop the Music」はリアーナのライブセットで長年にわたって愛されてきた定番曲だ。2008年1月のNRJ Music Awardsでのパフォーマンスを皮切りに、同年2月の第50回グラミー賞では「Umbrella」とのメドレーでステージに登場し、ファンクバンド「The Time」と共演して大きな話題を呼んだ。

さらに2012年5月24日のBBC Radio 1 Hackney Weekendでは、巨大なスフィンクスのセットを舞台に登場させるという豪華演出で会場を沸かせた。2013年のDiamonds World Tourでは「S&M」「Only Girl (In the World)」とのメドレーとして披露され、2016年のMTV VMAsでは「Only Girl (In the World)」「We Found Love」「Where Have You Been」を加えた4曲メドレーとして完璧なパフォーマンスを見せた。

どの時代のライブでも「ママ・セ・ママ・サ」のパートになった瞬間に会場が一体になる──この曲が持つ、フロアを瞬時に沸かせる力は、18年経った今も衰えていない。

GRAMMYが「デジタル時代における彼女のポジションを確立した曲」と位置づけたこの1枚。クラブミュージックとしての爆発力と、ポップソングとしての普遍的なフックを同時に持つ──それが「Don’t Stop the Music」が半世紀近い音楽の旅を経て今も鳴り続けている理由だろう。

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