「King of R&B」を自称し、シーンの内外で賛否を巻き起こしてきたJacquees (ジャクイース)。その自己主張の強さゆえにしばしば議論の的になる彼だが、それでも彼の歌声や楽曲は、多くのR&Bファンの心に響き続けている。2025年7月にリリースされた新曲「He Kant」は、そんな彼の進化を刻む重要な一曲であり、単なる恋愛バラードとは一線を画す作品である。
この曲は、90年代のクラシックR&Bに敬意を示しながらも、現代的な感性で再構築されたものだ。そこには甘さと挑発、懐かしさと革新が同居しており、R&Bリスナーであれば見逃せない魅力をたたえている。
Jacquees – He Kant (2025)
シンプルなビートに宿る強いメッセージ
本作のプロデュースを手がけたのは、Nicki Minajの「Anaconda」やFergieの「London Bridge」、さらにはUsherやChris BrownといったR&B/ポップス界のスターたちの楽曲にも携わってきた名プロデューサー、Polow da Don。
彼は今回、過度な装飾を排したシンプルかつエモーショナルなトラックを用意し、Jacqueesのヴォーカルを最大限に引き立てている。
楽曲のテーマは、シンプルながらも力強い。Jacqueesは、ある女性に向かってこう語る。「君の元カレは、君の本当の価値を理解していなかった。でも俺なら、ちゃんとその価値を知っている」と。
彼は金も時間も惜しまないし、守る準備もできている。何よりも、君の“特別さ”を理解して、真剣に愛することができるのはこの俺だ――そう断言する歌である。
90年代R&Bの金字塔、Jagged Edge「He Can’t Love U」へのオマージュ
「He Kant」の核心にあるのは、Jagged Edge (ジャギド・エッジ)が1999年に放った名曲「He Can’t Love U」のサンプリングである。このオマージュが、楽曲全体に懐かしさと深みを与えている。
Jagged Edge – He Can’t Love U (1999)
Jagged Edgeは、アメリカ・アトランタ出身の4人組R&Bグループ。双子のBrian CaseyとBrandon Casey、そしてKyle Norman、Richard Wingoというメンバー構成で、Jermaine Dupri率いるSo So Def Recordingsからデビューを果たした。1990年代後半から2000年代前半にかけて、スムーズなハーモニーと熱量のこもったラブソングで人気を博した存在だ。
「He Can’t Love U」は、彼らの2ndアルバム『J.E. Heartbreak』に収録され、今なお語り継がれるラブバラードの名作である。この曲では、恋人を他の男に奪われそうになっている男性の視点から、「あいつじゃ君を愛せない」と訴えかける。その切なさと熱意が、多くのリスナーの胸を打ってきた。
そして「He Can’t Love U」は、ただ懐かしまれるだけの曲ではない。ラッパーのRuss「Serious」や、Smino「Defibrillator」など、現代のアーティストたちにもサンプリングされ、いまもなおR&B/ヒップホップの文脈に生き続けている。
Russ – Serious
Smino – Defibrillator
おわりに
2024年にリリースされたEP『Baby Making』で、JacqueesはR&Bシンガーとしての存在感を改めて示した。続くDeJ Loafとのジョイント・プロジェクト『Friendzone 2』やライブツアーなど、活動は途切れることなく継続されている。
そうした流れのなかで生まれたのが「He Kant」であり、この曲は単発のシングルにとどまらない意味を持つ。彼が現在制作中とされる次作アルバム『Mood 2』へとつながる、布石のような位置づけなのだ。
「He Kant」は、単なる“ノスタルジー頼み”のサンプリング楽曲ではない。むしろ、過去の名作を出発点にしながらも、自身の声でいまのR&Bを語ろうとするJacqueesの強い意志が表れている。
懐かしさに溺れるのではなく、それを超えていく──そんな覚悟と誇りが、この曲の隅々から感じられるのだ。Jacqueesが掲げる“King of R&B”という称号は、まだ賛否を呼ぶだろう。しかしこの「He Kant」に込められた熱量と誠実さを前にして、それを笑う者はいないはずだ。彼は確実に、次のフェーズへと歩みを進めている。
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