1996年7月、R&Bとヒップホップが完全に手を取り合い、メインストリームのど真ん中で鳴り響いた一曲がある。Blackstreet (ブラックストリート)が、Dr. Dre (ドクター・ドレー)とQueen Pen (クイーン・ペン)を迎えて放った「No Diggity」だ。
今でこそ「90年代R&Bを象徴する究極のクラシック」として崇められているが、この曲の誕生には、皮肉なほど「予想外」のドラマが詰まっている。リリースから30年近くが経とうとする今、改めてこの怪物的ヒット曲の全貌を紐解いてみたい。
Blackstreet feat. Dr. Dre & Queen Pen – No Diggity (1996)
「ボツ寸前」のデモが歴史を変えた
この曲の生みの親は、ニュージャックスウィングの帝王であり、グループのリーダーでもあるTeddy Riley(テディー・ライリー)だ。しかし、驚くべきことに、当初Blackstreetのメンバーたちはこの曲をまったく評価していなかった。
- 制作の裏側: テディー・ライリーはこのビートを、もともと自身の前身グループ「Guy」のために用意していた。しかし実現せず、Blackstreetの2作目のアルバム『Another Level』に収録されることになった。
- メンバーの拒絶: 「これはシングル向きじゃない」「地味すぎる」——。メンバーたちは当初、この曲に自信が持てず、アルバムの中の一曲として埋もれるはずだと本気で思っていたという。
結果としてこの曲は1996年夏にシングルとしてリリースされ、彼らの予想を裏切り、世界中のラジオやクラブを制圧することになる。
「引き算の美学」が生んだ中毒性
「No Diggity」の心臓部は、1971年にリリースされたBill Withers (ビル・ウィザース)の「Grandma’s Hands」のサンプリングにある。
あの「Grandma’s Hands」の持つ素朴で温かみのあるフレーズをループさせ、そこにドラムとベースを絡める。当時のR&Bがどんどん豪華絢爛になっていく中で、テディーが提示したのは「極限まで無駄を削ぎ落としたミニマルなグルーヴ」だった。
この「引き算」のプロダクションこそが、一度聴いたら離れない中毒性の正体であり、ヒップホップのストリート感とR&Bのメロウさを見事に融合させたのである。
Bill Withers – Grandma’s Hands (1971)
ドクター・ドレーとクイーン・ペン、必然の客演
この曲の「格」を決定づけたのは、間違いなく客演陣の存在だ。
- Dr. Dre: 当時、Death Rowを離れAftermathを立ち上げたばかりの過渡期にいた彼は、冒頭のラップで圧倒的なカリスマ性を注入した。テディーは「彼の声が入った瞬間、曲のレベルが一段階上がった」と回想している。
- Queen Pen: 当時ほぼ無名だった彼女は、テディーに見出され大抜擢された。彼女の強気でスタイリッシュなラップは、Blackstreetの滑らかなハーモニーに鋭いエッジを加えた。本人も後に、この曲が自身のキャリアの大きな転機になったと語っており、まさに人生を変える客演となった。
ちなみに、タイトルである「No Diggity」は、ストリートの言葉で「疑いようがない」「確実に」といった意味を持つ。歌詞では、魅力的な女性への賛美が、自信に満ちた言葉で綴られている。
歴史を塗り替えたチャート記録
「No Diggity」の快進撃は、記録的な数字としても残っている。
- 「マカレナ」の牙城を崩す: 当時、全米を席巻していた「Macarena」の長期1位支配を終わらせ、その後にチャートの頂点へと立ったのが、この曲だった。
- 世界的なヒット: アメリカのBillboard Hot 100で1位を獲得しただけでなく、ニュージーランドやアイスランドでも首位を記録。全米でダブル・プラチナ認定を受けるなど、世界的な大ヒットを記録した。
- グラミー賞受賞: 1998年には、グラミー賞の「Best R&B Performance by a Duo or Group with Vocals」を受賞。名実ともに90年代最高の1曲として認められたのだ。
ヴィジュアルと後世への影響
楽曲のムードを視覚的に完成させたのは、巨匠Hype Williamsが監督したミュージックビデオだ。
夜のビーチハウス、リムジンの前でのパフォーマンス、そして洗練されたダンサーたち。あの「90年代特有の、少し背伸びをしたクールな質感」は、このビデオによって決定づけられた。
その後も、Rolling StoneやMTV、VH1といった主要メディアの「歴代ベストソング」リストに常に名を連ね、2012年には映画『Pitch Perfect(ピッチ・パーフェクト)』でカバーされるなど、世代を超えて愛され続けている。
偶然が重なって生まれた「文化遺産」
「No Diggity」は、単なるヒット曲ではない。
テディー・ライリーの実験的なビート、ドクター・ドレーのカリスマ性、クイーン・ペンの瑞々しさ、そして最初は半信半疑だったBlackstreetのメンバーたちの声。それらすべてが奇跡的に噛み合い、90年代という時代の空気をそのまま真空パックしたような作品だ。
「間違いなく(No Diggity)」、この曲はこれからもR&Bとヒップホップの境界線に燦然と輝く金字塔であり続けるだろう。



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