2005年、Black Eyed Peas (ブラック・アイド・ピーズ)がアルバム『Monkey Business』から放ったシングル「Pump It」は、単なるヒット曲という枠を超え、音楽シーンに鮮烈な衝撃を与えた。
サーフロックとヒップホップという、一見水と油のようなジャンルを大胆に融合させたそのサウンドは、リリースから20年という月日が流れた今もなお、世界中のクラブやライブ会場を揺らし続ける「鉄板」のアンセムとして君臨している。
なぜこの曲はこれほどまでに人々を熱狂させるのか。その裏側には、偶然の出会いやメンバーたちのルーツ、そして隠された苦労話が詰まっていた。
Black Eyed Peas – Pump It (2005)
偶然が生んだ奇跡:ブラジルでの出会いと「Misirlou」
この曲の心臓部とも言えるのが、1962年のサーフロックの名曲「Misirlou」の大胆なサンプリングだ。クエンティン・タランティーノ監督の映画『パルプ・フィクション』の劇中歌としても有名な、あの鋭利で攻撃的なギターリフである。一度聴けば耳から離れないこのフレーズが楽曲の核となっているわけだが、その採用に至る経緯はまさに「セレンディピティ(偶然の幸運)」と呼ぶにふさわしい。
Dick Dale and His Del-Tones – Miserlou (1962)
ことの発端は、will.i.amがブラジル滞在中にCDショップを訪れたことだった。彼が目当てのCDを購入し、いざ再生してみると、そこには全く違う曲が収録されていたという。その「間違って入っていた曲」こそが、Dick Dale (ディック・デイル)の演奏する「Misirlou」だったのだ。「まさかこれが?」──戸惑いつつもそのビート感と溢れ出るエネルギーに、彼は一瞬にして心を奪われた。頭から離れないギターリフに取り憑かれたwill.i.amは、すぐさまこの曲をベースに制作を開始。
この偶然のトラブルがなければ、Black Eyed Peasらしい革新的なサウンドはこの世に生まれていなかったかもしれないのである。
「音量を上げろ!」──歌詞に込められた集団催眠

「Pump It(注入しろ、気合を入れろ)」というタイトルが示す通り、この楽曲のテーマは潔いほどにシンプルだ。それは徹底して「音量を上げろ」「テンションを上げろ」という扇動にある。
サビで繰り返される “Pump it louder / Turn up the radio” というフレーズは、単なる歌詞というよりも、群衆心理を一気に高揚させるための「呪文」に近い。その言葉が放たれた瞬間、フロアの温度は沸点に達する。ライブパフォーマンスにおいて、この曲は観客を一体化させ、会場の空気を一変させる装置として機能するように設計されているのだ。
メンバーのTabooもインタビューでこう語っている。「ライブで『Pump It』を演奏するときの熱狂は、他の曲とは全然違う」。その言葉通り、ライブ映像を見れば、観客が何かに憑かれたように踊り狂う様が一目瞭然である。
映像の裏側:アクション映画へのオマージュと「ホンダ・シビック」

楽曲だけでなく、ミュージックビデオにも彼らのこだわりと遊び心が詰め込まれている。『ファイト・クラブ』のような格闘シーンや、ジョン・ウー作品を彷彿とさせるマルチプル・アクションが展開され、まるで一本の短編アクション映画を見ているかのような構成だ。
しかし、このビデオには単なる「カッコ良さ」以上の文化的背景が隠されている。冒頭でメンバーが乗っている「ホンダ・シビック」に注目してほしい。will.i.amによれば、これはロサンゼルスのフィリピン・コミュニティにおけるカーシーンへのリスペクトだという。「そこではホンダ・シビックが象徴的な存在なんだ。俺らの中では『シビックこそ最高!』っていう感覚だった」と彼は語る。つまり、あの車は単なる小道具ではなく、彼らが育ったカルチャーのリアリティを表現する重要なアイコンだったのだ。
撮影現場は活気に満ちていたようだ。apl.de.apは「他のビデオよりアクション満載で、スタントも多くてめちゃくちゃ楽しかった」と振り返る。一方で、画面には映らない苦労もあった。実はTaboo、撮影直前に尾骨を骨折していたのである。そのため、派手なスタントシーンに彼は参加できていない。あの痛快なアクション映像の裏には、メンバーそれぞれの楽しみと、人知れぬ痛みが隠されていたのだ。
時代を超えるクロスオーバー
米国Billboard Hot 100で最高18位、欧州やアジアでもトップ10入りを果たした「Pump It」は、商業的な成功だけでなく、サンプリング文化の理想的な成功例として、後のアーティストたちにも多大な影響を与えた。
フィリピン系アメリカ人のコミュニティ文化、映画的アクションへの愛、そしてブラジルでの偶然の発見──。「Pump It」の魅力は、単なるアップテンポなダンスナンバーという枠には収まらない。これら全ての要素が奇跡的にクロスオーバーした結果、生まれた傑作なのだ。
次にこの曲を耳にする機会があれば、ただスピーカーの音量を上げるだけでなく、その背後にあるストーリーやクリエイターたちの遊び心に思いを馳せてみてほしい。きっと、今まで以上に身体の芯から熱くなれるはずだ。
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