1996年、ヒップホップ界に衝撃を与えたモンスターアルバム『All Eyez on Me』。その中に、西海岸ヒップホップの黄金期を象徴し、今なお色褪せない輝きを放つ名曲がある。それが「All About U」だ。
2Pac (トゥーパック)を中心に、Snoop Dogg、Nate Dogg、Dru Down、そしてOutlawzの面々であるHussein FatalやYaki Kadafiといった豪華な布陣が名を連ねるこの曲は、単なるパーティーチューンに留まらない「時代の記憶」を刻んでいる。
2Pac feat. Snoop Dogg, Nate Dogg, Dru Down, Hussein Fatal & Yaki Kadafi – All About U (1996)
死の淵からの復活と、伝説の始まり
この曲の背景を知るには、当時の2Pacが置かれていた劇的な状況を振り返る必要がある。1995年、獄中にいた2Pacを救い出したのは、Death Row Recordsの創設者シュグ・ナイトだった。
シュグが140万ドルという巨額の保釈金を肩代わりする代わりに、2Pacは同レーベルと3枚のアルバム契約を結ぶ。釈放後、飢えた獣のようにスタジオへ向かった2Pacが、プロデューサーのJohnny “J” Jacksonと共に作り上げたのが、生前最後にして最大のヒット作となった4枚目のアルバム『All Eyez on Me』である。発売初週で56万枚以上を売り上げ、全米チャートの頂点に君臨したこのアルバムの制作過程で、「All About U」は産声を上げた。
遊び心から生まれた極上のGファンク
楽曲の肝となるのは、プロデューサーのJohnny “J” が仕掛けた、ファンクバンド Cameo (キャメオ) の1986年のヒット曲「Candy」のサンプリングだ。この軽快で艶やかなビートが、90年代西海岸特有のレイドバックした空気感を生み出している。
Cameo – Candy (1986)
制作現場のエピソードが面白い。Johnny “J” によれば、スタジオの空気は極めてリラックスしたものだったという。
「俺はCameoの『Candy』を使ってビートを作った。みんなでスピーカーの周りでくつろいでいたんだ。そしたら突然、Nate Doggが『Every other city we go…』と歌い始めた。俺は冗談だと思ったが、彼らはそれが最高のフック(サビ)だと譲らなかった。そこから一気に曲が出来上がっていったんだ」
酒と大麻を嗜みながら、仲間たちとの他愛ない会話から名曲が生まれる。この「遊び」の延長線上にある即興性こそが、楽曲に宿る圧倒的なリアリティの正体なのだ。
「名声」という虚像への冷ややかな視線
タイトル「All About U」を一見すると、甘いラブソングのように思えるかもしれない。しかし、そのリリックに込められた本質は、驚くほどシニカルで虚無的だ。
2PacやSnoop、Nate Doggたちが語り合っていたのは、ツアー先やミュージックビデオの撮影現場で何度も目にする「同じような女(グルーピー)」たちの存在だった。 「どこへ行っても、どのビデオを観ても、またお前か」 Nate Doggが歌い上げる滑らかなフックは、華やかなセレブリティ生活の裏側にある、人間関係の薄っぺらさと飽和感を鋭く突いている。愛や魅力の裏側に潜む「使い古された関係性」への失望。それは、絶頂期にいた彼らが感じていた、名声という枷の裏返しでもあった。
語り継がれるバージョンと映像

この楽曲には、いくつかの異なる側面が存在する。オリジナルのアルバムバージョンのほか、1998年のベスト盤『Greatest Hits』には、Dru Downのパートを若手のTop Doggに差し替えた別バージョンが収録された。これは当時のDeath Rowが新世代を売り出そうとした戦略の跡だが、ファンの間では今も「どちらのバージョンが良いか」という議論が絶えない。
また、ミュージックビデオも複数制作されており、2Pacが単独で出演するものから、ゲストアーティストが集結する豪華なものまで存在する。それらは、Death Rowが最も輝いていた時代の記録映像としての価値も持っている。
遺された者たちの哀愁
「All About U」が単なるクラシック以上の意味を持つのは、参加したアーティストたちの多くが、その後あまりにも早くこの世を去ってしまったからだ。
- 2Pac:1996年、銃撃により25歳で急逝。
- Yaki Kadafi:2Pacの死から間もない1996年、銃の暴発による不慮の事故で19歳の若さで死去。
- Hussein Fatal:2015年、交通事故により42歳で他界。
- Nate Dogg:2011年、病により41歳で死去。
- Johnny “J”:2008年、39歳の若さでこの世を去った(服役中に死亡)。
この残酷なまでの現実を知ってから改めて曲を聴くと、かつてスタジオで笑い合っていた彼らの声は、一つの時代の終焉を告げる鎮魂歌のようにも聞こえてくる。
色褪せない影響力
しかし、彼らが遺したサウンドは今も生き続けている。2023年には、Tyga、YG & Blxstが「West Coast Weekend」でこの曲を大胆に引用した。約30年の時を経てもなお、彼らの作り上げたGファンクの真髄は、新しい世代の血肉となっているのだ。
心地よいファンクの調べ、仲間とのリアルな体験、そして名声の裏側に潜む虚無。「All About U」は、90年代西海岸の光と影を凝縮した、ヒップホップ史に燦然と輝く人間ドラマそのものである。
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