Plies「Bust It Baby Pt.2」元ネタはJanet Jackson?サンプリング曲・歌詞意味・チャート・制作秘話を解説

2000年代
2000年代P
記事内に広告が含まれています。
スポンサーリンク

Plies feat. Ne-Yoの「Bust It Baby Pt. 2」は、2008年にリリースされたフロリダ産サザンラップとR&Bのクロスオーバー・ヒットだ。サンプリング元はJanet Jacksonが1990年にリリースした「Come Back to Me」。粗削りなストリートラップと、Ne-Yoの甘いコーラスが絡み合うこの曲は、Billboard Hot 100で最高7位を記録し、Pliesのキャリア最大のヒットとなった。さらにサンプリング元のJanet Jackson本人が公式リミックスに参加するという前代未聞の展開を生み出した、2000年代後半のR&B/ヒップホップ史に刻まれる一曲だ。

スポンサーリンク

🎧 クイック概要:10秒でわかる基本データ

項目内容
アーティスト / 曲名Plies feat. Ne-Yo / Bust It Baby Pt. 2
収録アルバムDefinition of Real(2008年6月10日リリース)
サンプリング元Janet Jackson – Come Back to Me (1990年)
最高位米Billboard Hot 100:7位
米Hot R&B/Hip-Hop Songs:2位
米Hot Rap Tracks:2位

スポンサーリンク

チャート記録と認定:これがPlies最大のヒットだ

まず数字を見てほしい。「Bust It Baby Pt. 2」が叩き出した記録は、当時のPliesにとって圧倒的なキャリアハイだった。

  • 米Billboard Hot 100:最高7位(前作「Shawty」の9位を更新)
  • 米Hot R&B/Hip-Hop Songs:最高2位
  • 米Hot Rap Tracks:最高2位
  • RIAA認定:ゴールド(2008年9月17日認定)/2016年6月6日にプラチナムへ格上げ

収録アルバム『Definition of Real』は発売初週に約214,500枚を売り上げ、Billboard 200で2位デビュー。2008年のヒップホップアルバムとして2番目の初週セールスを記録した(1位はLil Wayneの『Tha Carter III』で、100万枚超という驚異的な数字だった。アルバム自体もRIAAゴールド認定(2008年10月14日)を獲得した。

英国では最高81位にとどまったが、アメリカ国内ではSlip-N-Slide RecordsがBillboard Hot 100で到達した最高位タイ記録でもあった。

スポンサーリンク

「Bust It Baby」とは何か——フロリダの団地から生まれた言葉

「Bust It Baby」というフレーズには、明確な出自がある。

Pliesが育ったフォートマイヤーズのイースト・ダンバー地区の公営住宅——現在はすでに取り壊されたその団地で使われていたストリートスラングで、どんな状況でもそばにいてくれる忠実なパートナー(主に女性)を指す言葉として、地元で流通していた。

じつはこのフレーズ、デビューシングル「Shawty」(feat. T-Pain)の歌詞にすでに登場している。Pliesはセカンドアルバムのプロモーションに向けて、意図的にこのワードを育ててきたのだ。

スポンサーリンク

Pliesとは何者か——高校首席卒業のラッパーというギャップ

「Bust It Baby Pt. 2」と同時に語られ続けたネタがある。フォートマイヤーズのストリートを体現するギャングスタラッパーとして売り出しているPliesが、実際には高校の首席卒業生(バレディクトリアン)でホームカミングキング、さらに「最優秀服装」受賞者でもあったという事実だ。

Plies(本名:Algernod Lanier Washington)は、フォートマイヤーズ・シニア・ハイスクールではアメフトのワイドレシーバー兼ディフェンシブバックとして活躍し、ホームカミングキングに選ばれ、クラスの首席卒業生(バレディクトリアン)でもあった。その後マイアミ大学(オハイオ州)でワイドレシーバーとして活躍(1995〜1997年)し、セントラル・フロリダ大学に転学したが退学して音楽の道へ進んだ。

義理の兄(ステップブラザー)のRonnell Lawrence Lavatte(別名:Big Gates)が設立したBig Gates Recordsに関わりながら、2004年にマイアミのSlip-N-Slide Recordsと契約。アトランティック・レコードとの共同ディールを経て、2007年のデビューアルバム『The Real Testament』でメインストリームに登場した。

ステージネーム「Plies」はフォートマイヤーズのスラングで「稼ぎの大きいドラッグディーラー」を意味するが、本人は音楽を始めるつもりはなかった。義理の兄のレーベルでアーティストをコーチングしていたところ、その声がそのまま録音されたのが始まりで、そのまま引き込まれていった。

スポンサーリンク

サンプリング元:Janet Jacksonの「Come Back to Me」とは

「Bust It Baby Pt. 2」を支える骨格は、Janet Jacksonが1990年にリリースした「Come Back to Me」のサンプルだ。この曲はJanetの名盤『Rhythm Nation 1814』(1989年)からの第5弾シングルで、Jimmy Jam & Terry Lewisとの共同制作によるバラードだ。

「Come Back to Me」は米Billboard Hot 100で2位(1位はマライア・キャリーの「Vision of Love」)、米Adult Contemporaryチャートでは1位と、Janetにとって初のアダルト・コンテンポラリー首位曲となった。AllMusicのAlex Hendersonは「なめらかで絹のようなバラード」と評し、NYタイムズのJon Parelesも「アダルト・コンテンポラリー向けの光沢あるバラード」と称えた。

プロデューサーのJimmy Jamはこの曲の制作についてこう振り返っている。

「弦楽器のアレンジをJanetが提案してきた。ミネアポリスのリー・ブラスケというアレンジャーを呼んで、彼が素晴らしいストリングスのパートを作ってくれた。あまりに気に入ったから、曲の最後はそのストリングスだけでフェードアウトするようにしたんだ」

「Bust It Baby Pt. 2」のプロデューサーはJ.R. Rotem。この甘い弦のメロディーをPliesのハードなラップの下に滑り込ませることで、ストリートとR&Bの両面を同時に満たすハイブリッドサウンドが誕生した。

Janet Jacksonの「Come Back to Me」の記事はこちら。

スポンサーリンク

「Part 1→Part 2」史上初の”ダブル・シングル”戦略

「Bust It Baby」のリリース形態は、当時の音楽業界でほとんど前例のない試みだった。

まず2008年1月25日に、フィーチャリングなしのソロバージョン「Bust It Baby (Part 1)」をリリース。続いて2月23日、Ne-Yoをフィーチャーした「Bust It Baby (Part 2)」を別シングルとして投下した。これが史上初の「ダブル・シングル」とされている。

Part 1はアルバムのボーナストラック扱い、Part 2が公式アルバムトラックとなった。この二段構え戦略の意図を、Plies自身がDJBoothのインタビューで明かしている。

「二頭立ての怪物(two-headed monster)を出したかった。パート1は俺だけで、俺が単独で曲を作れるアーティストだということを見せる『underbelly record(腹を見せるレコード)』。そしてパート2でNe-Yoをフィーチャーしてラジオで爆発させようとした。ここまで大きくなるとは正直思っていなかった——そう言ったら嘘になる」

まずPlies単独の硬派なイメージを提示し、続いてラジオフレンドリーなR&Bバージョンでクロスオーバー市場を攻略する。計算された戦略は、狙い通りどころかそれを大きく上回る結果をもたらした。

スポンサーリンク

Ne-Yoはカリフォルニアで「あなたのファンです」と言った

「Bust It Baby Pt. 2」の成功の核心は、Ne-Yoの甘いコーラスにある。しかもそのコーラスはPliesが書いたのではなく、Ne-Yoがまるごと手がけたものだ。

PliesはBillboard誌のインタビューでこう語っている。

「俺は自分が尊敬するアーティストと戦略的にコラボする。カリフォルニアでNe-Yoに会ったとき、彼が俺の音楽のビッグファンだと言ってくれて、俺も同じ気持ちだと伝えた。そしたら彼が『Bust It Baby Pt. 2』のコーラスをプレゼントしてくれた。俺のヒストリーの中で最も早く成長したレコードだ。感謝してもしきれない」

Ne-Yoはアーカンソー州カムデン生まれ、のちにネバダ州ラスベガスで育ったR&Bシンガー/ソングライターだ。「So Sick」(2006年)や「Because of You」(2007年)などのソロヒットに加え、ビヨンセの「Irreplaceable」やリアーナの「Take a Bow」など他アーティストへの楽曲提供でも知られる。「Bust It Baby Pt. 2」は、Ne-Yoがサザンラップとクロスオーバーする希少なコラボとして当時注目を集めた。

Ne-Yoの「So Sick」の記事はこちら。

DJBoothはこのコンビネーションを「フロリダのストリートギャングと、アーカンソーのクルーナーが、それぞれの女性について語り合う」と評した(Ne-Yoはアーカンソー生まれだが、育ちはネバダ州ラスベガスだ)。荒々しいPliesのバースと、洗練されたNe-Yoのフックという対比——それがこの曲の最大の武器である。

スポンサーリンク

歌詞の世界——”ギャングもバラードを歌う”という2000年代の文法

「Bust It Baby Pt. 2」の歌詞は、2000年代後半のサザンラップが得意としたスタイルを凝縮している。Pliesのバースは粗削りなストリート口語で、「彼女のことを電話に『Lil Boo』として保存してる」「彼女の透けたパンツが好き」といった直截的な愛情表現が並ぶ。しかしNe-Yoのコーラスは一転、「あの子のせいでアクセルを踏み続けている」「彼女はどこへ行っても目を引く」と、洗練されたR&Bの語り口に変わる。

この二重構造こそが「Bust It Baby Pt. 2」の発明だった。ストリートを愛するリスナーにはPliesのバース、R&Bファンにはカーラジオで口ずさめるNe-Yoのフック——どちらにも届く設計になっている。DJBoothはこの構図を「コミットメントの覚悟を、各自のやり方で語り合う」と表現した。

スポンサーリンク

Janet Jackson本人がリミックスに現れた日

「Bust It Baby Pt. 2」で最もドラマチックな展開が、Janet Jackson本人の公式リミックス参加だ。

2008年5月、Janet Jacksonがリミックスバージョンに参加した。これは商業シングルとしての正式リリースではなく、アーバンラジオとDJ向けの限定配布盤として流通した。Jermaine DupriのSo So Def公式YouTubeチャンネルにJanetのバースの映像が残っているが、本編はストリーミングサービスからは削除されている。

American Songwriterはこの出来事を「Janet Jacksonが自分の曲をサンプリングした楽曲のリミックスに参加するという、天才的な構造」と評した。自分の「Come Back to Me」をサンプリングしたPliesの曲の上で、Janetが再び歌う——元ネタと新曲が完全に円環を成す、極めて珍しい事例だ。

ファンの反応も熱烈で、リリックサイトのコメント欄には「もちろんJanetがこの曲を支配するに決まってる……だってこれは彼女のサンプルなんだから(笑)」という声が並んだ。

スポンサーリンク

ミュージックビデオ:DJ Khaled、Rick Ross、Ace Hoodが集結

「Bust It Baby Pt. 2」のMVはPlies自身が監督を務め、2008年4月28日にBETの「Rap City」でプレミア放送された。DJ Khaled、Rick Ross、Ace Hoodがカメオ出演した。

撮影はフロリダ州の都市部で行われ、高級車や水辺のシーンなど、ラグジュアリーとロマンスの両方を表現する映像に仕上がっている。Ne-Yoとの掛け合いはスプリットスクリーンで表現され、デュエットとしての親密さを演出した。マイアミを拠点とするDJ Khaledとその盟友Rick Rossがクラブシーンに登場し、当時まだ駆け出しだったAce Hoodも出演。フロリダのヒップホップシーン全体を代表する、地域的な連帯感あふれる映像となった。

スポンサーリンク

批評家の評価——数字は揺るがなかった

批評家の反応は賛否が割れた。Metacriticでのアルバム評価は100点中59点(批評家5人)。IGNのKhalid Stricklandはアルバムのギャングスタ的内容を高く評価した一方、HipHopDXのRoman Cooperは「ただのギャングスタマテリアルを超えられない」と批判。MSN MusicのRobert Christgauも暴力的・ミソジニー的な歌詞を批判的に取り上げた。

それでも数字は揺るがなかった。ストリートとラジオの両方を同時に制したPliesのアプローチは、当時のフロリダ産ヒップホップシーンに確かな足跡を残した。

スポンサーリンク

まとめ:取り壊された団地の言葉が、Billboard Top 10に届いた日

「Bust It Baby Pt. 2」は、フォートマイヤーズのイースト・ダンバー団地に生まれたスラングが、J.R. Rotemのプロデュース、Janet Jacksonの90年代バラード、Ne-Yoの甘いコーラスと融合してBillboard Top 10に届いた曲だ。

史上初の「ダブル・シングル」という実験的なリリース戦略、サンプリング元のJanet Jackson本人がリミックスに参加するという奇跡的な展開——どれひとつ欠けても、この曲の完成形はなかった。

PliesはBillboard誌のインタビューでNe-Yoへの感謝を語り、Ne-YoはPliesのファンだと言ってコーラスを贈った。そのコーラスの上に、18年前のJanetのバラードが静かに流れ続けている。

関連記事はこちら

スポンサーリンク
スポンサーリンク
musicdictionary2021をフォローする




コメント

タイトルとURLをコピーしました