1993年、Dr. Dre (ドクター・ドレー)のソロデビュー作『The Chronic』と共に世に放たれた「Nuthin’ but a ‘G’ Thang」。この曲は単なるヒット曲ではない。「西海岸のギャングスタって、こんなにも余裕があるのか?」と世界中に知らしめた張本人であり、G-funkというジャンルを決定づけた歴史的な一曲である。
それまでのギャングスタ・ラップといえば、張り詰めた緊張感が支配する世界だった。そこにドレーは、まるで真夏の盛りに食べる冷やし中華のような、極上の爽快感を持ち込んだと言っても過言ではない。ビルボードHot 100で2位を記録し、MTVではまさに「鬼リピート」状態。これは文字通り、世界が揺れた「Gの一撃」だったのである。
Dr. Dre feat. Snoop Dogg – Nuthin’ But a ‘G’ Thang (1992)
運命の伏線 — “Warren Gのカセット”と刑務所からの電話

伝説の始まりは、1本のカセットテープだった。 ドレーの義理の弟分であるWarren G (ウォーレン・G)が、兄貴分に手渡したデモテープ。そこには、当時まだ無名だった若きSnoop Doggy Dogg (スヌープ・ドギー・ドッグ)の声が収められていた。
それを聴いた瞬間、ドレーの直感が走る。「え、この声…ヤバくね?」。これは後世の脚色ではなく、実際にドレー自身がその衝撃を語っている事実だ。
さらにこの曲には、嘘のような逸話がある。スヌープが刑務所から電話越しにレコーディングを行ったバージョンが存在するというのだ。「留置所から受話器越しにラップを吹き込む」――その事実だけで、ギャングスタ度は優に120%を超えていると言っていい。 ドレーによる超緻密なプロダクションと、荒削りな現実を背負ったスヌープの声。この「ヤバい声」と「丁寧すぎるミキシング」の出会いは、ある種の“ギャップ萌え”とも言える奇跡的なバランスを生み出し、本作の骨格となった。
レオン・ヘイウッドを“魔改造”したサウンドの革命
この曲を聴いたときに包まれる幸福感。その正体は、1975年のLeon Haywood (レオン・ヘイウッド)の名曲「I Want’a Do Something Freaky to You」をサンプリングしたメロディにある。
Leon Haywood – I Want’a Do Something Freaky to You (1975)
原曲のタイトルからしてすでに色気が充満しているのだが、ドレーの手腕が光るのはここからだ。彼はベッドルームのムードライトが似合う原曲のねっとりとしたファンクを、ロサンゼルスの突き抜ける青空が似合う「爽やかで煙たくないファンク」へと鮮やかに変換してみせたのである。
そこにドレー特有の高音シンセサイザー、地を這うような分厚いベース、そして絶妙な抜け感のスネアが重なる。そのビートに乗るだけで、聴き手自身が「自分はイケてる」と錯覚してしまうような、魔法めいたG-funkサウンドが完成したのだ。
危険と余裕のバランス — 猫のように伸びをするラップ

リリックに目を向ければ、そこにはパーティ、車、仲間、そして女の子との駆け引きといった、西海岸カルチャーの象徴が並んでいる。
だが、特筆すべきはそのスタイルだ。当時のギャングスタ・ラップが抱えがちだった「暴発一歩手前のヒリヒリした緊張感」とは対照的に、スヌープのラップはまるで「日向で猫が伸びをしている」かのようなテンションで繰り出される。
危険な匂いはするのに、怖くない。圧倒的に強いのに、決して威張らない。 この「ゆるさ」こそが革命だった。この絶妙な脱力感は、90年代以降のG-funkにおける「クールな男」の像を決定づけることとなる。
ロングビーチの休日は今日も最高
楽曲の空気感をそのまま真空パックしたのが、ドレー本人が監督を務めたミュージックビデオだ。舞台はロングビーチのブロックパーティー。バーベキューの煙、ビーチ、バレーボール――そこには「西海岸の休日」のリアルが映し出されている。
中でも忘れられないのが、車を拭いている女性がビートに合わせて急にクネクネと踊り出すシーンだ。当時のMTVを見ていた世代なら、この「謎の儀式」だけで90年代の空気がありありと蘇るのではないだろうか。現場の空気を一切の誇張なく切り取った映像は、今見ても色褪せることがない。
「とりあえずこれ聴いとけ」 — 歴史的名曲としての座
批評家もファンも、この曲に関しては意見が一致する。「これは歴史的名曲である」と。 「ロックの殿堂(Rock and Roll Hall of Fame)」が選ぶ「ロックを形作った500曲」への選出をはじめ、「史上最高のヒップホップ曲」系のランキングでは常連中の常連だ。
つまり、「Nuthin’ but a ‘G’ Thang」は、ヒップホップを知りたければ「とりあえずこれ聴いとけ」と差し出される必修科目、スターターキットの1曲という地位を確立したのである。
現代へ続く“G”の遺伝子
この曲が残した影響は計り知れない。どこまでも伸びるシンセ、軽やかなベースライン、ゆるいスウィング感、そしてルーズなラップの入り方。これらはその後のウェストコースト・ヒップホップのみならず、現代のポップスやR&B制作においても重要な「参照コード」となっている。
ゲーム『グランド・セフト・オート(GTA)』や映画、CMなどでこの曲が使われ続ける理由は明白だ。この音が鳴った瞬間、誰もが「あ、西海岸だ」と認識できる共通言語になっているからだ。
結び — “Cool” という概念の音像化
「Nuthin’ but a ‘G’ Thang」とは、怖さとクールさ、遊び心とゆるさという、一見バラバラになりそうな要素を、ドレーが職人技でまとめ上げた奇跡の結晶である。
音の鳴り、声質、余白の美学、そして映像の雰囲気。そのすべてが「G-funkの完成形」を示している。2020年代の今、改めて針を落としても、我々はこう呟かずにはいられない。
「やっぱこれ、カッコよすぎない?」と。
関連記事はこちら。




コメント