USヒップホップ界の絶対的キング、Future(フューチャー)が2022年に発表した「712PM」は、日本のバーチャルシンガー「初音ミク」の音声を使用した楽曲を公式にサンプリングしたことで世界中に衝撃を与えたトラップの最高峰だ。グラミー賞ノミネートアルバム『I Never Liked You』のオープニングを飾る本作は、不穏なボカロサウンドと冷徹なリリックが完璧に融合したFuture史上屈指のイントロとして君臨している。
この記事では、ボカロPによる原曲の背景から、プロデューサーが明かしたタイトルの真相、トラヴィス・スコットが監督したMVにまつわるエピソードまで、知られざる舞台裏を余すことなくお届けする。
🎧 クイック概要:10秒でわかる基本データ
| 項目 | 内容 |
| アーティスト / 曲名 | Future / 712PM |
| 収録アルバム | 『I Never Liked You』(2022年) |
| サンプリング元 | Aura Qualic「Data 2.0」 |
| 最高位 | 米ビルボード Hot 100:8位 |
初音ミクのボカロ曲が元ネタ!不気味なサンプリングの正体と「Kill Jill」からの系譜
曲の冒頭から鳴り響く、耳に残る怪しげな女性のボーカルフレーズ。この中毒性抜群のウワモノの正体は、日本のバーチャルシンガー「初音ミク」の音声ライブラリを使用した楽曲である。
サンプリングされた原曲は、日本のボカロPであるAura Qualic(オーラ・クオリク)が2012年に発表したボカロ曲「Data 2.0」だ。公式クレジットにも同氏の本名である「Yusuke Sato」がしっかりと刻まれている。
実はこの「Data 2.0」がUSヒップホップに組み込まれたのは今回が初めてではない。過去にはアウトキャストのBig Boi(ビッグ・ボーイ)がキラー・マイク、JIDを迎えてヒットさせた曲「Kill Jill」(2017年)でも大々的にサンプリングされており、アメリカのトッププロデューサーたちの間で「アトランタ勢好みの極上のエキゾチックネタ」として認知されてきた歴史がある。

本作の公式クレジットには、プロデューサーとして Wheezy、808 Mafiaの TM88 や Southside、Bryan Anzel、MoXy が名を連ねている。彼らはこの「Data 2.0」の初音ミクの声を絶妙にピッチダウン(音程を低く調整)し、ハットや808ベースの重低音を重ねることで、Futureの持つダークな世界観へ完璧にフィットするトラップビートへと昇華させた。
タイトル「712PM」の謎:プロデューサーが明かしたレコーディングの瞬間
「なぜ午後7時12分という中途半端な時間なのか?」という疑問に対し、海外のファンの間では「アトランタの裏暗号ではないか」など様々な考察が飛び交っていたが、共同プロデューサーであるMoXy(モキシー)がその極めてリアルな真相を明かしている。
MoXyによると、当時彼はFutureの専属エンジニアであるManny(マニー)に向けて、日常的にビートのデモテープを送り続けていた。
ある日、いつも通りビートを送った直後、Mannyからスマホにメッセージが届く。そこには「Futureが今、お前のビートでラップをレコーディングし始めたぞ!」という興奮した一言が添えられていた。その通知画面に表示されていたタイムスタンプこそが、まさに「午後7時12分(7:12 PM)」だったのだ。
複雑なメッセージをあえてこねくり回すのではなく、自分が送ったビートに帝王Futureが命を吹き込み始めた「奇跡の瞬間」の時刻をそのままタイトルとしてパッケージングする。これぞまさに、直感とスピード感を極限まで重視するFutureのスタジオセッションのリアルな空気感が生んだ、ストリートの美学を象徴するタイトルなのである。
霊柩車からストリートの現実まで:歌詞(リリック)の意味

「712PM」のリリックは、ストリートの頂点に立つFutureの圧倒的な自己誇示(フレックス)と、かつて麻薬売買(ハッスル)を行っていた過酷な記憶、そして容赦のない現実が冷徹に交錯する。特にファンの間で強烈なインパクトを与えている象徴的なラインを紐解く。
① 敵を確実に終わらせる過酷な現実
"I got some real killers, they'll kill a nigga, then go and shoot up the hearse"
(俺の周りにはガチの殺し屋がいる。ターゲットを仕留めた後、その霊柩車までハチの巣にするような奴らだ)
Futureの全キャリアの中でも「最も冷徹で凄みのあるライン」として語り継がれる一節。ただ命を奪うだけでなく、その後の葬儀(霊柩車)まで徹底的に襲撃するという、ギャングスタの世界における容赦のない報復とストリートの過酷な現実を生々しく描写している。
② 地上の神としての絶対的自信
"I gotta take this shit up with God 'cause I'm a god on the earth"
(この件は神と話し合わなきゃな。だって俺はこの地上における『神』なんだから)
教会での銃撃すら恐れないストリートの冷徹さに続けてラップされる一節。トラップという音楽ジャンルをメインストリームへと押し上げ、アトランタの街から世界の頂点へと君臨したパイオニアとしての、不遜なまでのプライドと圧倒的なカリスマ性が表現されている。
③ 過去の過酷なハッスルと現在の富
"Came out the bando just to buy diapers, had to hit me a lick"
(子供のオムツを買うために、かつては汚い空き家を出て強盗を働かなきゃならなかった)
"I bought the Tahoe from the trap money, haven't even seen a brick"
(トラップハウスで稼いだ金でタホ[シボレーの大型SUV]を買った。まだコカインの塊を見る前の話だ)
コーラス(サビ)で繰り返されるこのラインは、Futureの原点を物語る重要なセクションだ。現在は億万長者となった彼も、かつては生活費や子供のオムツ代を稼ぐために必死でストリートの犯罪に手を染めていたという生々しい過去を対比させており、楽曲に深い重みを与えている。
トラヴィス・スコットが監督を務めたミュージックビデオ(MV)

楽曲のバイラルをさらに加速させたのが、アルバムリリースから約7ヶ月後の2022年11月に公開されたオフィシャルミュージックビデオ(MV)だ。監督を務めたのは、現代ストリートカルチャーのカリスマであり、Futureとも数々のヒット曲を生み出してきたTravis Scott(トラヴィス・スコット)である。
トラヴィスは監督として、Futureのダークな世界観を映像に落とし込むため、全編にわたって熱赤外線カメラ(サーモグラフィー)を用いたサイケデリックな映像エフェクトを多用。
人間の体温が赤や黄色、青へと変化するSF的な視覚効果を徹底的に追求した。このクリエイティブへのこだわりにより、初音ミクの不穏なサンプリングビートと完璧にシンクロする、重厚でどこか奇妙な映像作品が完成したのだ。
まとめ:カルチャーの融合が生んだトラップの最高傑作
日本のボカロカルチャーから生まれたAura Qualicのメロディが、アトランタの帝王Futureの手によって全米8位を記録する極上のストリートアンセムへと生まれ変わった「712PM」。
タイトルに刻まれたレコーディングの生々しい時間軸、精度高く紐解かれたリリックの背景を知ることで、この楽曲が持つダークな深みはさらに増すはずだ。アルバム『I Never Liked You』の幕開けを告げるこの圧倒的な音世界を、ぜひもう一度じっくりと堪能してほしい。
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