Wu-Tang Clanを陰で支え続けた共同創設者・Oliver “Power” Grantが、2026年2月23日に52歳で亡くなった。ラップグループの「顔」ではなく、その裏側でマネーとビジネスを回し続けた”見えない巨人”の死は、ヒップホップ界全体に衝撃を与えている。
RZAやMethod Man、GZAら伝説的メンバーが次々とSNSで哀悼を表明し、音楽メディアはこぞって「Wu-TangはPowerなしには存在しなかった」と振り返った。本記事では、その生涯と功績、そして彼の死が持つ意味を詳しく掘り下げる。
🎧 クイック概要:10秒でわかる基本データ
| 本名 | Oliver Grant |
|---|---|
| ニックネーム | Power(パワー) |
| 生年月日 | 1973年11月3日 |
| 出身 | ジャマイカ生まれ、米ニューヨーク州スタテン島育ち |
| 死亡日 | 2026年2月23日(享年52歳) |
| 死因 | 未公表(詳細は下記参照) |
| 主な功績 | Wu-Tang Clan共同創設者 / 全アルバムのエグゼクティブ・プロデューサー / Wu Wear(Wu-Tang Brand)創業者・CEO |
| 出演作品 | 「Belly」(1998)「Black and White」(1999)「Coalition」(2004)ほか |
| 兄弟 | ラッパーのKilla Sin(Killarmy所属) |
💀 死因と訃報の発表
Oliver “Power” Grantの訃報は、2026年2月25日(水)にヒップホップ系メディアのOkayplayerが最初に報じ、その後Wu-Tang Clanの公式Instagramアカウントが「Rest in Power, Power」というキャプションと複数の写真を添えて発表した。
⚠️ 死因について:本記事執筆時点(2026年2月27日)において、公式な死因は発表されていない。Wu-Tang Clan及び関係者のいずれも、詳細な経緯を明らかにしていない。今後の続報に注目が集まっている。
Grantが実際に亡くなったのは2月23日(月)とされており、訃報の公表まで数日のタイムラグがあった。享年52歳という若さでの突然の死は、業界全体に衝撃を与えた。
🏙️ 生い立ち:ジャマイカ生まれ、スタテン島育ち

Oliver Grantは1973年11月3日、ジャマイカで生まれた。その後ニューヨーク市に移り、スタテン島のパークヒル・プロジェクツ(公共住宅地区)で育った。このエリアは、後のWu-Tang Clanメンバーたちが青春を過ごした場所でもある。
彼はRZAの兄・Divineと幼馴染であり、そのつながりを通じてRZA、Ghostface Killah、Method Man、Raekwon、Inspectah Deck、U-Godらと交流を深めていった。音楽の才能よりも先に、「ビジネスの嗅覚」と「資金力」を持ち合わせていた彼は、やがてグループを音楽業界に送り出す上での”縁の下の力持ち”となる。
また、彼はWu-Tang系アフィリエイト・グループKillarmy所属のラッパーKilla Sin(本名:Jeryl Grant、一部資料ではJeryl Gant)の兄でもある。
♟️ ニックネーム「Power」の由来は”チェス”だった
彼のニックネーム「Power(パワー)」は、単なるカッコいい呼び名ではない。チェスの対局がきっかけで名付けられたという興味深いエピソードがある。
Wu-Tang Clanの創設メンバーたちが彼と対局した際、「力(Power)とは、仕事をやり遂げるために必要な力のことだ」という文脈から、このニックネームが生まれたとされている。ヒップホップ文化においてチェスは単なるゲームを超えた哲学的な営みであり、RZAをはじめとするメンバーたちはそこに知性と精神性を見出していた。Grantへの「Power」という呼称は、彼の本質を的確に表していたとも言えるだろう。
🎵 36 Chambers:Wu-Tang誕生を支えた財力と信念
1990年代初頭、RZAが「ヒップホップで生きていく」と決意したとき、それを実現するには音楽の才能だけでなく資金が必要だった。その初期投資の多くを担ったのが、Grantだった。
2019年にShowtimeで放映されたドキュメンタリー「Wu-Tang Clan: Of Mics And Men」によれば、Grantが提供した資金は「ストリートで稼いだ金」だったとされている。この投資が評価され、彼は1993年のデビューアルバム「Enter the Wu-Tang (36 Chambers)」のエグゼクティブ・プロデューサーにクレジットされた。

さらに、Rolling Stoneをはじめ複数の媒体によれば、1992年のデビューシングル「Protect Ya Neck」の制作に必要な資金を集める上で中心的な役割を果たしたのもGrantだったとされている。このシングルがなければ、グループはメジャーの注目を集めることすら難しかったかもしれない。
「俺はたぶん金のほとんどを出した。俺はどちらかといえばファイナンスの人間で、GhostとRZAが音楽の才能を持っていた。俺たちが学んだことはすべてハードノック・ライフだった。進みながら学んで、実際にやってる人間から参考にする。試行錯誤の連続で、モデルなんてなかったんだ」
彼はエグゼクティブ・プロデューサーとして、デビュー作にとどまらずWu-Tang Clanの全アルバムのプロデュースに関わり続けた。その貢献は音楽面というよりも、グループの独立性と自主管理体制を維持するための”経営的バックボーン”としての役割が大きかった。
👕 Wu Wear:年商約2,500万ドル(約37億円)を叩き出したヒップホップ・ファッション帝国

📦 ラジオの裏面広告から始まった小さなスタート
1995年、GrantはWu Wearを創業した。これは単なるマーチャンダイズ(グッズ販売)ではなく、アーティスト発のブランドとしては草分け的存在であり、後のKanye WestのYeezyやDrake、Jay-Zのビジネス展開の先例となった歴史的なベンチャーだった。
スタートは質素なものだった。Raekwonのソロアルバム「Only Built 4 Cuban Linx…」(1995年)のバックカバー広告でメールオーダー販売を開始したのが最初だった。製造業者からの信用供与を断られながらも、グループがプラチナ認定を受けると一転、スタテン島のビクトリー大通りに実店舗を開いた。
🏬 メイシーズ取引、4店舗展開、年商約2,500万ドル(約37億円)へ
Wu Wearの成長は驚異的だった。大手百貨店Macy’s との取引を成立させ、全米4ヶ所に直営店をオープン。マンハッタンのガーメント・ディストリクト(アパレル街)に卸売オフィスも構えた。ピーク時の年間売上は約2,500万ドル(約37億円)に達したと報告されている。
「Wuのブランドとロゴはサブリミナル的な存在だった。ペプシを見たら"ペプシを飲もう"と思うように、そのロゴとWuは国際的なコミュニケーターだった。グッチやルイ・ヴィトンを知っていると、親しみがあるから自然と引き寄せられる。それと同じことだ」
🔄 偽造品問題と「Wu-Tang Brand」への転換

しかし、ブランドの成功は偽造品との戦いも招いた。2008年、Grantは蔓延する偽造品への対策としてWu Wearをいったん終了し、「Wu-Tang Brand」として再出発させた。
そして2017年、RZAとタッグを組み、Live Nation Merchandiseとのパートナーシップのもとでクラシックラインを復刻。Wu-Tangのロゴを纏ったウェアは今もなお世界中で愛用されている。
🎬 俳優としての顔:映画・ドラマ出演歴
ビジネスマンとしての活動に加え、Grantは俳優としてもスクリーンに登場した。
| 年 | 作品 | 備考 |
|---|---|---|
| 1998年 | Belly | 映画デビュー作。Hype Williams監督、Nas・DMXが主演の犯罪ドラマ。Grant自身は「Knowledge」役を演じた |
| 1999年 | Black and White | James Toback監督。Ben Stiller、Robert Downey Jr.、Brooke Shields、Elijah Wood、Mike Tyson、Method Manらと共演。Grantはプロデューサー・音楽監督も兼任。なお本作はMichael B. Jordanの映画デビュー作でもある |
| 2003年 | When Will I Be Loved | 再びJames Toback監督作品。Neve Campbell主演。Grantは俳優・作曲家として参加 |
| 2004年 | Coalition | 主演・プロデューサーとして参加 |
| 2011年 | Queen of Media(テレビ映画) | Robin Givens主演。トークショーホスト・Wendy Williamsの夫「Big Kev」役を演じた |
📺 Hulu「Wu-Tang: An American Saga」での描かれ方

2019年から2023年にかけてHuluで放映されたドラマシリーズ「Wu-Tang: An American Saga」では、Oliver “Power” Grantを俳優Marcus Callenderが演じた。
Callenderはその役作りに真剣に向き合い、Power本人と長時間の対話を重ねた。「最初の会話で3時間くらい話し込んだ」と語っており、その内容は演技指導というよりもひたすらGrantのストーリーを聞く時間だったという。
「彼は一度も『こうやれ』『ああやれ』とは言わなかった。ただひたすらエピソードを話してくれた。それが全てだった」
Callenderにとって、グループの歴史的な誕生を陰で支えた人物を演じることは「完全な名誉だ」と語っていた。
😢 RZA、Method Man、GZA…仲間たちの哀悼コメント
Grantの訃報を受け、Wu-Tang Clanのメンバーをはじめ、多くの音楽人からの追悼が相次いだ。
Method Man
ハートブレイクの絵文字とともに2人で写る写真を投稿。「大丈夫じゃない」という言葉が、彼らの深い絆を物語る。
GZA
「Word life, peace to Power and my whole unit. / We couldn't have done it without him. Wu wouldn't have come to fruition without Power. His passing is a profound loss to us all. My deepest condolences to the fam.」
("Word life、Powerと俺の仲間たちに平和を"――彼なしでは成し遂げられなかった。PowerなしにはWuも存在しなかった。彼の逝去は我々全員にとって計り知れない損失だ。ご家族に心よりお悔やみを申し上げる)
投稿の冒頭にある「Word life, peace to Power and my whole unit」は、RaekwonのソロアルバムでGrantへのシャウトアウトとして記された「Incarcerated Scarfaces」(1995年)の一節をGZAがあえて引用したもの。二人の友情の歴史と、かつての仲間たちの記憶を重ね合わせた、深みある追悼の言葉となっている。
Raekwon
「POWER we been everywhere …. now you everywhere ! the most high is merciful love you」
(Powerよ、俺たちはどこへでも一緒に行ったな。今やお前はどこにでもいる。神は慈悲深い。愛している)
Raekwonは1995年のソロアルバム「Only Built 4 Cuban Linx…」の収録曲「Incarcerated Scarfaces」の中で、「Scholars, word life, peace to Power and my whole unit」という一節でGrantへの友情と敬意を示していた。今回GZAがその歌詞を追悼投稿に引用したのも、Wu-Tang一族全員とGrantの長年にわたる絆を象徴している。
Ghostface Killah
Instagramに複数のハートブレイク絵文字と天使の羽を持つ「Power」ロゴの画像を投稿した。
DJ Premier
この投稿をInstagramで見る
「You certified a worldwide movement. A PIONEER for The Culture. WU-TANG IS FOREVER…」
(お前は世界的なムーブメントを認定した。文化のパイオニアだ)
その他、Cam’ron、Loud RecordsでWu-Tangと契約したSteve Rifkindなど、ヒップホップ業界の重鎮たちも追悼の言葉を贈った。
🏆 Rock & Roll Hall of Fame 2026ノミネートとの皮肉な交差
Grantが亡くなったのとほぼ同じタイミングで、Rock & Roll Hall of FameはWu-Tang Clanの2026年クラスへのノミネートを発表した。Wu-Tangにとって初のノミネートとなるこの吉報は、業界全体が歓迎する瞬間のはずだった。
しかし、皮肉なことにGrantはノミネートリストに含まれていない。パフォーマンスを行うメンバーではなかったためだ。GZAの言葉「WuはPowerなしには存在しなかった」が証明するように、Grantなしにはノミネートされる作品群すら生まれなかったかもしれないにもかかわらず、である。
このタイミングの残酷さは、多くのファンや業界人に「彼こそ最も評価されるべき人物の一人だった」という思いを強く印象づけることになった。
🌍 レガシー:ヒップホップの”所有権”を変えた男
Okayplayerは追悼文の中でGrantをこう表現した。
「Powerは独立・所有・文化に根ざしたグローバルなレガシーを築く手助けをした。クリエイティブ・コントロールとコミュニティの強化への信念が、単なるグループではなく、音楽を永遠に変えたダイナスティ(王朝)を形成するのに貢献した」
現代では「ヒップホップ・アーティストが自分のブランドを持つ」ことは当たり前になっているが、1990年代中盤にそれを実践した先駆者はほとんどいなかった。GrantはWu Wearを通じて、音楽アーティストがレーベルや外部資本に依存せず、自ら商業的主権を握ることができると証明した。
Jay-ZのRoc Nation、Kanye WestのYeezy、あるいは今日のヒップホップ・ファッション産業全体に連なる「アーティスト主導のビジネスモデル」の系譜を辿ると、Wu WearとOliver “Power” Grantの名前に行き着く。
ステージには立たなかった。マイクも握らなかった。しかしWu-Tang Clanが「一つのグループ」から「一つの帝国」へと変貌する過程で、最も不可欠な存在だったのが彼だった。
Oliver “Power” Grant、享年52歳。Rest in Power.
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