Mark Ronson「Uptown Funk」徹底解説|制作秘話・元ネタ・Gap Band騒動・14週連続1位の裏側まで全網羅

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2010年代
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「Don’t believe me, just watch——!」

このフレーズを耳にすれば、あのブラスのイントロが脳内で爆発するはずだ。Mark Ronson(マーク・ロンソン)feat. Bruno Mars(ブルーノ・マーズ)による「Uptown Funk」(2014年)は、Billboard Hot 100で14週連続1位を記録し、YouTubeでは56億回以上再生される怪物級ヒットとなった。

だが、その誕生の裏には7ヶ月に及ぶ制作の苦闘、スタジオで気絶したエピソード、ゴミ箱行きになりかけた瞬間、そして著作権を巡る泥沼の騒動という、あまりにもドラマチックな物語が隠されている。

🎧 クイック概要:10秒でわかる基本データ

項目内容
アーティスト / 曲名Mark Ronson feat. Bruno Mars / Uptown Funk
リリース日2014年11月10日
収録アルバムUptown Special(2015年)
主なクレジット(最終版)Mark Ronson, Bruno Mars, Jeff Bhasker, Philip Lawrence, Trinidad James, Devon Gallaspy, Charlie Wilson, Ronnie Wilson, Robert Wilson, Rudolph Taylor, Lonnie Simmons(計11名)
プロデュースMark Ronson, Jeff Bhasker, Bruno Mars
レーベルRCA Records
最高位(米)Billboard Hot 100で14週連続1位
グラミー賞Record of the Year、Best Pop Duo/Group Performance(2016年)受賞
YouTube再生数2025年3月時点で56億回超(歴代10位)

🎸 誕生の瞬間:ツアーの楽屋から始まった即興セッション

「Uptown Funk」の最初の火花は、実はスタジオではなくブルーノ・マーズツアー中のサウンドチェックから生まれた。ブルーノ・マーズは自身のバンド「The Hooligans」とのツアー(Moonshine Jungle Tour、2013〜14年)で、ホーンセクションが鳴らすあるリフを繰り返し試していた。さらにそこへ、トリニダード・ジェームス(Trinidad James)の「All Gold Everything」(2012年)のフレーズ「Don’t believe me, just watch」を組み合わせるアイデアも温めていたという。

そのアイデアをスタジオに持ち込み、マーク・ロンソンとコ・プロデューサーのジェフ・バスカー(Jeff Bhasker)を交えたジャムセッションが始まった。構成はシンプルで、ブルーノがドラム、バスカーがシンセサイザー、マーク・ロンソンがベースを担当した。

マーク・ロンソンはインタビューでこう語っている。

「曲の最初のあの瞬間ほど興奮するものはない。可能性が無限大に感じられる。スタジオ中が電気を帯びたようだった」

しかし問題は、その「最初の爆発」を再現できないことだった。

「あのスピリットは二度と取り戻せない。次のヴァースを書こうとしても、どうしても作為的になってしまう。最初のものが自然に生まれただけに、余計にそう感じる」(マーク・ロンソン

ここから7ヶ月に及ぶ、長く苦しい制作の旅が始まった。

🎵 あのイントロ「ドゥドゥドゥ」は誰の声か

「Uptown Funk」のオープニングで聴こえるあの独特なハミング、「ドゥ、ドゥドゥドゥドゥ……」。あれが何の声か、知っている人は少ない。

ショー終わりのある夜、フィリップ・ローレンス(Philip Lawrence)がオープニングのベースラインが必要だと言い出した。ただし彼自身はベースが弾けない。そこで現場のレコーディング・エンジニア、チャールズ・モニス(Charles Moniz)がローレンスに「じゃあ口で歌ってみろ」と促した。

ローレンスがその場でバリトンボイスでハミングした「ドゥドゥドゥ」が、そのままアルバムに収録されている。モニスはのちに「それがそのままアルバムに残ることになった」と明かしている。フィリップ・ローレンスのWikipediaには、「2014年にバリトンボイスでシンセのようなベースライン『ドゥ』を歌った」と記されており、この声の正体はローレンス本人だったのである。

🔥 制作地獄の7ヶ月:ゴミ箱行き寸前と気絶エピソード

あれほどポジティブなスタートだったにもかかわらず、その後は難産の連続だった。ブルーノマーク・ロンソン、バスカーはロサンゼルス、ロンドン、メンフィス、ニューヨーク、トロント、バンクーバーと世界各地を転々としながら制作を続けた。ブルーノのツアースケジュールに合わせて、楽屋や仮設スタジオでの収録も珍しくなかった。

ブラスセクションはブルックリンのDaptone Recordsで録音。Sharon Jones & The Dap-Kings、アフロビートバンドのAntibalas、そしてブルーノのバンドThe Hooligansの3つのホーンセクションが重ねられた。ドラムはロサンゼルスとメンフィスで収録された。

特に苦労したのが、コーラスとマーク・ロンソンのギターパートだ。

コーラスに関しては、何ヶ月も費やしたにもかかわらず「コーラスを作らない」という逆転の発想で解決した。マーク・ロンソン自身、Kool & the Gangに触発されて「ホーンラインだけをサビとして使う」というアイデアを採用したと語っている。一時はハードロック風のブレイクダウンが入り、ブルーノが「Burn this motherfucker down!」と絶叫するバージョンも存在したが、すべてお蔵入りになった。

そしてギターパートでは、マーク・ロンソンが限界を超えることになる。

「最後までできていなかったのがギターパートで、まだ自分のやるべき部分を仕上げていないというプレッシャーが重くのしかかっていた。ブルーノは素晴らしいボーカルを録り終えていて、ジェフもシンセのパートを完成させていた。ギターだけで50〜60テイクを録ったが、気に入るものが出なかった。そしてランチに出かけたとき、ギターのプレッシャーのせいか——レストランで気を失ってしまった。あの素敵なレストランのバスルームを『模様替え』して、担ぎ出されるはめになった」(マーク・ロンソン

その2日後、マーズのツアーを追ってトロントへ飛んだマーク・ロンソンは、The Hooligansの前でギターを弾いた82テイク目で、ついにOKテイクを得た。ロンドンでの呪縛から解放され、トロントの空気の中でスッと弾けたという。

「ただ心理的なものだったのかもしれない。慣れた場所から離れたことで、何かが変わった」

📻 レーベルが「Uptown Funk」というタイトルに難色を示した話

完成に近づいたとき、思わぬ関門が待ち構えていた。レーベルのRCAが「Uptown Funk」というタイトルに難色を示し、「Just Watch」という代替タイトルを提案してきたのだ。

ところが2014年10月、シカゴのラジオ局WBMX(CBS Radio系列)のアシスタント・プログラム・ディレクター、マイク・マラニー(Mike Mullaney)がテスト試聴の後、Twitterに「史上最高の曲だ」と投稿した。「James Brown、Rick James、The Timeが凄腕のブラスバンドとセッションしているようだ」という熱狂的なコメントも添えて。

このラジオマンの反応がレーベルを動かした。「Uptown Funk」はそのままのタイトルで世に出ることになった。

🎵 元ネタ解剖:ファンクの歴史を1曲に凝縮する

「Uptown Funk」が多くのリスナーを懐かしい気持ちにさせるのは偶然ではない。ブルーノマーク・ロンソンは70〜80年代のファンクとR&Bの文脈を丁寧に拾い上げた。

Rolling Stoneのニック・マレーは「ジョージ・クランツのスキャットとナイル・ロジャース風のギターリフが光る」と評し、「マーズ、ロンソン、The Hooligansは、自慢がまだ謙虚でなく、ディスコがレトロではなかった時代を体現している」と書いた。The Telegraphのニール・マコーミックは「James Brown、Earth Wind & Fire、The Gap Bandに影響を受けたすべての楽曲が好きだから、この曲も好きだ」と語っている。

コーラスにあたるホーンラインはKool & the Gangへのリスペクト。ベースラインはプリンスを想起させると批評家は指摘し、ギターはナイル・ロジャースのスタイルを色濃く反映している。

さらに「Don’t believe me, just watch」というフレーズはTrinidad Jamesの「All Gold Everything」(2012年)から引用されており、ブルーノたちはツアーのサウンドチェックでこの曲を流していたことがきっかけだった。リリース前から制作チームはトリニダード・ジェームスと彼のプロデューサーであるデヴォン・ガラスピー(Devon Gallaspy)に自主的に連絡を取り、クレジットを提供することを申し出た。Billboardの報道によれば、誰からも促されることなく、チーム側から自発的に行動したという。

⚖️ 著作権騒動:The Gap Band・Trinidad Jamesへのクレジット問題

「Uptown Funk」のオリジナルのクレジットは、マーク・ロンソンブルーノ、フィリップ・ローレンス、ジェフ・バスカーの4名だった。リリース前にトリニダード・ジェームスとデヴォン・ガラスピーへのクレジット提供が決まり6名体制となったが、問題はここで終わらなかった。

2015年2月、曲が全米チャートを独走している最中に、The Gap BandのUK出版社Minder MusicがYouTubeのコンテンツ管理システムを通じて異議申し立てを行った。「Uptown Funk」のリズムとベースラインが、The Gap Bandの1979年の名曲「I Don’t Believe You Want to Get Up and Dance (Oops!)」に酷似しているという主張だ。この申し立てにより、YouTubeはすべてのパブリッシャーへの支払いを一時停止し、収益をエスクロー(第三者預託)に移す事態となった。

訴訟には至らず、2015年4月28日に示談成立。The Gap Bandのメンバーであるチャーリー、ロニー、ロバートのウィルソン3兄弟、キーボーディストのルドルフ・テイラー、プロデューサーのロニー・シモンズの計5名がクレジットに追加され、最終的なクレジット数は11名に膨らんだ。Billboardの報道によれば、The Gap Band側は出版収益の17%を受け取ることになった。

このタイミングについては、同年のBlurred Lines訴訟(ロビン・シックとファレル・ウィリアムスがマーヴィン・ゲイの楽曲への類似を認定され、約730万ドルの支払いを命じられた)が音楽業界に与えた影響も指摘されている。Billboardの取材に応じたトリニダード・ジェームスのマネージャー、ダニー・ズーク(Danny Zook)は「誰もが少し慎重になっている。陪審員が入る裁判になると、著作権法の問題ではなく世論の問題になってしまう」と語った。

マーク・ロンソン本人は「The Gap Bandから意図的にも非意図的にも何かを取ったつもりはない」としているが、業界全体が「Blurred Lines」の影響でリスク回避を優先する空気になっていたことは否定できない。

なお、2017年にはZappの1980年のヒット曲「More Bounce to the Ounce」の著作権を持つLastrada Entertainmentからも訴訟が起こされ、さらに初期1980年代のファンクグループCollageも「Young Girls」(1983年)との類似を主張するなど、著作権訴訟は複数にわたった。

🎬 MVの裏話:キャメロン・ダディの証言

ミュージックビデオは、ブルーノ・マーズが長年タッグを組むディレクター、キャメロン・ダディ(Cameron Duddy)とマーズの共同監督で制作された。撮影地は20th Century Foxスタジオの「ニューヨーク・ストリート」バックロット(ロサンゼルス)。1970〜80年代スタイルの衣装をまとったロンソンとマーズが、ストリートでダンスや寸劇を繰り広げる映像だ。

ダディはインタビューで、MVがほぼブルーノの推薦によって実現したことを明かしている。

「これはマーク・ロンソンの曲だったから、ブルーノが私のために強く押してくれた。どうすれば寸劇っぽいシーンをパロディにならずスタイリッシュに見せられるか——その細い線を意識した」(キャメロン・ダディ)

ダディのお気に入りシーンは「理髪店のシーン」だという。マーク・ロンソンブルーノが髪をパーマのカーラーで巻かれるあのシーンは、「ロンソンらしさが溢れていて最高」と語った。

🏆 チャートと認定:記録の全貌

指標記録
米Billboard Hot 100 最高位1位(14週連続)
Billboard Hot 100 初登場65位(2014年11月29日付)
米RIAA認定ダイヤモンド(10xプラチナ)
グラミー賞Record of the Year・Best Pop Duo/Group Performance(2016年)
BRITアワードBritish Single of the Year(2015年)
YouTube再生数56億回超(2025年3月時点、歴代10位)
米デジタル販売550万ユニット以上(Nielsen Music)

注目すべきは、初登場65位というスタートから急上昇し、最終的に14週間もトップに居座ったという展開だ。SNLでのパフォーマンスと公式MVの公開がブレイクのきっかけとなった。

英国での先行リリースにも面白い事情がある。「The X Factor」でFleur Eastがこの曲をカバーして披露したため需要が急増し、当初予定(2015年1月11日)より前倒しの2014年12月8日に英国でリリースされた。

🌍 文化的インパクト:なぜ10年後も鳴り響くのか

Stereogumのトム・ブレイハンはこう書いた。「これはここ1年以上で最高のアメリカのナンバーワン曲であり、それ以上かもしれない。モリス・デイ&ザ・タイムを想起させながら、古いサウンドをエネルギーと独創性とチャームと胆力で提示している」

Vultureは「Uptown Funkはこれから出席する全ての披露宴でかかるだろう。そのイントロの音を聴いても、恥ずかしさも恐怖も感じない——これが偉大なポップソングの最も信頼できる証拠だ」と評した。

TVシリーズ「Glee」のサウンドトラック、L’OréalのGarnier広告、SkippyピーナッツバターのCMへの使用など、曲の浸透ぶりは音楽の枠をはるかに超えた。Rick Astleyが「Never Gonna Give You Up」の代わりに「Uptown Funk」を演奏してRickrollを決めるという、メタすぎる瞬間まで生まれている(2015年のある80年代フェスティバルでの出来事だ)。

そして2024年末、10周年を迎えたマーク・ロンソンはこう語っている。

「Uptown Funkは、私の音楽人生で最も意義深い体験のひとつだ。ブルーノ、ジェフ、フィルとのジャムから生まれ、7ヶ月かけてすべての細部を磨き上げた、真の労作だった。この曲が人々にもたらす喜びに、心から感謝している」

2014年11月、初登場65位でひっそりとチャートインしたあの曲が、14週間かけてじわじわと世界を塗り替えていった。その旅路の裏に、気絶するほどのプレッシャーと、消えかけては蘇った制作チームの執念があったことを、今度この曲が流れるときに少し思い出してほしい。

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