1994年、ヒップホップの歴史を変える一曲が誕生した。The Notorious B.I.G.(ノトーリアス・B.I.G./以下ビギー)の代表曲「Big Poppa」である。
デビューアルバム『Ready to Die』はその名の通り、貧困、犯罪、そして死への恐怖が充満する、ヒリつくようなリアリティに満ちた作品だ。しかし、その中にあって異質な輝きを放っているのがこの楽曲だ。ここには銃声も焦燥感もない。あるのは圧倒的な余裕と色気、そして成功者としての甘美な時間だけだ。
「Big Poppa」は単なるヒット曲ではない。ビギーというラッパーが、ストリートの「怖い男」から、大衆に「愛されるスター」へと脱皮した決定的な瞬間を記録したドキュメントなのである。
The Notorious B.I.G. – Big Poppa (1994)
「これは俺じゃない」――ビギーの葛藤とパフ・ダディの予見
今でこそクラシックとして讃えられるこの曲だが、制作当初、ビギー本人はこのビートにすぐさま乗り気だったわけではない、というエピソードが知られている。
当時の彼は、よりハードでリアルなストリートラップを志向していた。「Big Poppa」のような、従来のイメージよりもメロウで開かれた楽曲に対し、自身のハードなストリート像とはやや異なる方向性に、戸惑いを感じていたと語られることが多い。
しかし、プロデューサーのPuff Daddy(パフ・ダディ)には、ビギー自身さえ気づいていない彼の魅力が見えていた。スタジオでのビギーは常に陽気で、冗談を飛ばし、何より女性たちに愛されていた。パフは確信していたのである。「ビギーの低く太い声には、ハードなビートだけでなく、甘いグルーヴこそが完璧にハマる」と。
結果としてパフの読みは的中した。皮肉なことに、ビギーが忌避したこの「ソフトな曲」こそが、彼のキャリアを決定づける最強の武器となったのである。
アイズレー・ブラザーズと“幻のビート”
この曲のサウンドを決定づけているのは、The Isley Brothers (アイズレー・ブラザーズ)「Between the Sheets」(1983年)の大胆なサンプリングだ。
The Isley Brothers – Between the Sheets (1983)
当時、この手のスムースなR&Bサンプリングのビートは多くのアーティストやプロデューサーが狙っていたと言われている。制作陣の間でも「誰に使わせるか」で意見が割れていたが、パフが強引にビギーのために確保したという経緯がある。
制作における功績は、原曲の魅力を最大限に生かしたことだ。プロデューサーのChucky Thompsonとパフは、ビートを派手に切り刻んだり、重く加工したりすることをあえて避けた。原曲が持つ艶っぽさをそのまま残し、ビギーに提供したのだ。
ビギーはビートの上を歩くように、急ぐことなく言葉を置いていく。その結果、「Big Poppa」はヒップホップ史上屈指の、スムースで洗練された傑作へと仕上がった。
「I love it when you call me Big Poppa」という自己証明
サビで繰り返されるあまりにも有名なフレーズ、「I love it when you call me Big Poppa」。これは単なるキャッチーな決め台詞以上の意味を持っている。
興味深いのは、このフレーズが突発的に生まれたものではないという点だ。実際、これより前にリリースされたSuper Cat (スーパー・キャット)の「Dolly My Baby (Bad Boy Remix)」における客演バースで、彼はすでにこのキャラクター性を先取りするように提示している。つまり「Big Poppa」とは、この曲のために急造されたギミックではなく、彼がキャリアの中で温め、確立していた「あるべき自己像」だったのである。
Super Cat feat. Mary J. Blige, The Notorious B.I.G., Puff Daddy & 3rd Eye – Dolly My Baby (Bad Boy Extended Mix) (1993)
もともと「Big Poppa」とは、彼が女性たちから自然発生的に呼ばれていた愛称だと言われている。そこには、単に体が大きいというだけでなく、頼りがいがあり、余裕のある男というニュアンスが強く含まれている。
ビギーはこの曲で、誰もディスらず、声を荒げることもなく、ただ淡々と「成功した男の夜の過ごし方」を描写してみせた。それは、『Ready to Die』で描かれた死と隣り合わせの現実に対する、彼なりの「生存証明」であり、明確な「未来図」だったのかもしれない。
彼はインタビューの中で、この曲のビデオについて次のような趣旨の発言を残している。
「あのビデオは“俺たちがこれから行く場所”を見せるものだった」
その言葉通り、ミュージックビデオではタキシードを着こなし、豪華なパーティーで女性に囲まれる姿が描かれた。それは西海岸のGファンクとも、従来の東海岸のハードコアとも違う、Bad Boy Recordsが提示した「都会的でラグジュアリーな成功像」そのものだったのである。
ヒップホップ史に残した“余裕”という遺産
「Big Poppa」がBillboard Hot 100で6位を記録し、グラミー賞にノミネートされたことは記録上の事実に過ぎない。真に重要なのは、この曲が「ラッパーが成功を誇り、色気を武器にすること」を正当化した点にある。
Jay-Z、The Game、Rick Ross、そしてDrakeに至るまで、後の多くのラッパーたちが体現する「余裕のあるボス」としてのスタイルは、間違いなくこの曲から始まっている。
ストリートのリアルさを失わず、それでいてメインストリームの頂点に立つ。ハードコアであることと、セクシーであることは矛盾しない。ビギーはその短いキャリアの中で、相反する要素を完璧なバランスで共存させてみせた。
死の予感が漂うアルバムの中で、永遠の命を得たパーティー・アンセム。30年の時を経てもなお「Big Poppa」が色褪せないのは、それがビギーという稀代のアーティストが、自分自身を肯定し、愛することを選んだ瞬間の輝きを封じ込めているからである。
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