Drakeの「One Dance」は、2016年にリリースされたWizkid & Kylaをフィーチャーした歴史的なメガヒット曲だ。サンプリング元はイギリスのシンガー・Kylaが2008年にリリースした「Do You Mind(Crazy Cousinz Remix)」で、UKファンキー・アフロビーツ・ダンスホールを絶妙に融合させたそのサウンドは、Spotify史上初めて10億再生を突破した楽曲として音楽の歴史に刻まれた。全米Hot 100で10週首位、全英では15週連続1位という前代未聞の記録を打ち立てた、ドレイク最大の代表曲のひとつだ。
🎧 クイック概要:10秒でわかる基本データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| アーティスト / 曲名 | Drake feat. Wizkid & Kyla / One Dance |
| 収録アルバム | Views (2016) |
| 主なサンプリング元 | Kyla & Crazy Cousinz – Do You Mind (Crazy Cousinz Remix) (2008) |
| 最高位 | 米Billboard Hot 100 首位(10週) 英シングルチャート 首位(15週連続) |
サンプリング元Kylaとは何者か

「One Dance」のサウンドを形作っている核は、イギリスのシンガー・Kylaが2008年にリリースした「Do You Mind(Crazy Cousinz Remix)」だ。
この曲が属するのは「UKファンキー」と呼ばれるジャンル。2000年代後半にロンドンのアンダーグラウンドで生まれ、数年で消えてしまった短命なダンス・サブジャンルで、日本ではほとんど知られていない。Kylaと当時のパートナー(後に夫となる)DJ Paleface(Crazy Cousinzのメンバー)がスタジオでなんとなく遊んでいるうちに生まれたというのだから、そのカジュアルさも面白い。Kylaはインタビューでこう語っている。
「ただスタジオでふざけて"Do you mind?"って言い合っていたら、そのままあの曲になったの」
「Do You Mind」はUKで最高48位と小ヒットに終わり(チャートインは2009年)、表舞台からほぼ忘れ去られていた。しかしアンダーグラウンドの音楽ファンたちの間では、カルト的な人気を保ち続けていた。ドレイクはまさにその一人だった。
なぜドレイクは「Do You Mind」に出会ったのか

ドレイクがこの曲に出会ったきっかけは、「a couple of years ago(数年前)」にロンドンで開催された「Wireless Festival」への参加だ。プロデューサーのNineteen85がBillboard誌のインタビューでこう明かしている。
「ロンドンのWireless Festivalに行ったとき、"Do You Mind"をずっとかけ続けていた。誰の目も気にせず踊れるあのバイブス、あの"feel-good"感を楽曲で表現したかった」
ドレイクは「One Dance」以前から、UKのアンダーグラウンド音楽に並々ならぬ愛情を持っていた。2011年のアルバム『Take Care』収録曲「Cameras」では、イギリスのラッパー・Sneakboの楽曲「How You Mean」のフレーズを歌詞に引用した。さらに翌2012年、自身のUKツアーにSneakboを同行させ、グライムアーティスト・Skeptaとも深い親交を結んでいった。
またドレイクとWizkidの出会いも重要な布石だった。2015年、ドレイクはSkeptaを通じてナイジェリア出身のWizkidと知り合い、Wizkidのヒット曲「Ojuelegba」のリミックスに参加。その縁が「One Dance」での再タッグへと繋がっていく。
ビートの解剖:4つの国をつなぐサウンドの作り方
「One Dance」のビートは、ひとりのプロデューサーが作り上げたものではない。複数の国と文化が交差して生まれた、異例の産物だ。
ドレイクはNineteen85を説得して「Do You Mind」のサンプル使用を提案し、Nineteen85がビートを構築した。その後ビートは南アフリカ・プレトリア出身のDJ Maphorisa(後にアマピアノというジャンルの立役者となる人物)の手に渡り、テンポをさらに落としてWizkidのバックグラウンドボーカルを加えた。さらにドレイクの長年の盟友プロデューサー、Noah “40” Shebibも仕上げに携わり、1週間ほどで完成したという。
ちなみにNineteen85は、CBC Radioのインタビューでこんな裏話も明かしている。
「ビートを完成させて"これは絶対いける"と確信してドレイクを呼んだ。ところが彼は聴き終わって黙って、どこか遠くを見て……。『音楽は完璧だ。でもドラムが違う』って言ったんだ。頭の中で"まじか"と思ったよ」
ドラムを作り直す過程で、ドレイクが「世界中の人が同時に踊れるリズムって何だろう?」という問いを立てたことが、完成形への決め手になったという。
ドラムのリズムにはダンスホールやレゲエトンで定番の「デンボウ・リディム」が採用されており、2015年のJustin Bieberの「Sorry」と共通するパターンでもある。ラテン系パーカッション、ダンスホールのずっしりとしたベース、UKファンキーのピアノ——そのどれとも言い切れない、絶妙に宙ぶらりんなサウンドが誕生した。トロント・ラゴス・ロンドン・プレトリア、4つの都市の空気が2分54秒に凝縮されているとも言える。
Kylaの「エイプリルフール事件」:信じられなかった奇跡の電話

「One Dance」の誕生をめぐって最もドラマチックなエピソードのひとつが、サンプリング元であるKyla自身の反応だ。
2016年初頭、育児に専念するために音楽活動を休業していたKylaのもとに、音楽ライセンス会社から断続的に連絡が届き始める。しかし彼女は「どうせ大した話ではないだろう」と高をくくり、しばらく折り返しの連絡を入れなかった。
ようやく電話をかけ直すと、「世界的スターがあなたの曲をサンプリングしたい」と告げられた。名前を聞いたところ「Drake(ドレイク)」と言われ、Kylaは思わず叫んだという。
「Yeah right!(まさか!)」
BBCラジオ1Xtraのトレバー・ネルソンとのインタビューで、Kylaはこの時の心境をこう振り返っている。
「契約書にサインしてもまだ信じられなかった。4月1日にエイプリルフールって言われるんじゃないかと思って、ずっとドキドキしてた」
さらにどんでん返しが続く。当初、Kylaはあくまでも「サンプリング元」として関与を想定されていた。ところが交渉の中でドレイク側から思いがけない提案が届く。「Kylaのパートがとても気に入っているので、そのまま残したい。フィーチャリングとしてクレジットしてはどうか」という内容だった。Kylaは即座に「もちろん!」と答え、こうして彼女の名前は世界的ヒット曲のジャケットに刻まれることになった。
その後のFADERとのインタビューで、Kylaはドレイクへの感謝をこう言葉にしている。
「ドレイクは本当に人を引き上げるのが上手。チームの方から『ドレイクはあなたのキャリアを後押ししたいと思っている』と言われた」
育児のかたわら音楽活動を休業していたひとりの女性が、世界最大のヒット曲にフィーチャリングされるという奇跡——まるで映画のような話だが、これが現実に起きたことだ。
Wizkidはホテルでフリースタイルしてたらここに来た

Wizkidがこの曲に関わるようになったのも、縁というほかない経緯がある。
2015年、ドレイクはSkeptaを通じてナイジェリア出身のWizkidと知り合い、Wizkidのヒット曲「Ojuelegba」のリミックスに参加した。「One Dance」制作開始の時点でWizkidはすでにドレイクの信頼を得ており、バックグラウンドボーカルと一部プロデュースを担当した。
Wizkid自身はあるインタビューでこう語っている。
「ホテルの部屋で仲間と音楽をかけていたら、そのビートが流れてきて、みんなが踊り始めた。そこから自然とフリースタイルが始まった」
完全にパーティーの延長線上で生まれた話だが、その即興性がそのまま曲の空気になっている。
「One Dance」でのWizkidのボーカルは、楽曲の中にほとんど溶け込むように存在している。電話越しに録音されたかのような質感で、サンプルと見分けがつかないほど背景に沈んでいる。この独特のミックスダウンこそが、曲全体を包む浮遊感やトランスに近い感覚を生み出しているとも言われている。
歌詞はシンプルで、だからこそ強い

「One Dance」の歌詞は、ドレイクの他の楽曲と比べると驚くほどシンプルだ。「もう一曲だけ踊ろう」「朝まで一緒にいてほしい」——それだけだ。複雑な心理描写も、関係への嘆きも、赤裸々な告白もない。
ダンスホールのDJがフロアに叫びかけるような語り口で、ドレイクはラップではなく歌い続ける。どこかぼんやりとした、少し哀愁を帯びたクルーンのスタイルで。Stereogumはそのスタイルを「Dean Martinのような、飲んで酔っていてもどこかカリスマ的な雰囲気」と形容した。
New York Timesの評論家Jon Caramanicaはこの曲を「国境を越えたダンスフロアの子守唄」と表現し、「ドレイクの楽曲の中で最も軽やかで、最も間口の広い一曲」と評した。Pitchforkはこう言い切っている。「メッセージはビートと同じくシンプルだ。クラブの振動の中で自分を失っていく、その精神的なつながりについての曲だ」と。
記録のオンパレード:史上初・最長・最多

「One Dance」が叩き出した数字を並べると、その規模の異常さがよくわかる。
アメリカでの記録
- Billboard Hot 100で10週間(非連続)首位を獲得
- ドレイクとしてリードアーティスト名義での初の全米1位
- Hot R&B/Hip-Hop Songsで18週首位という当時の最長記録(Robin Thickeの「Blurred Lines」が持っていた16週を更新)
イギリスでの記録
- 15週連続で英シングルチャート首位という快挙
- Wet Wet Wetの「Love Is All Around」(1994年・15週)と並ぶ英国史上第2位タイの連続首位記録。第1位はBryan Adamsの「(Everything I Do) I Do It for You」(1991年・16週)で、あと1週届かず
- 2016年の英国年間ベストセラーシングル
Spotifyでの歴史的記録
- 2016年10月15日、Spotify史上初めて10億再生を突破した曲となる(当時の記録保持者はMajor Lazer & DJ Snakeの「Lean On」)
- 後にEd SheeranのShape of Youに追い抜かれるまで最多再生記録を保持
- 現在も累計40億再生以上を誇り、Spotify Billions Clubの常連
その他
- Apple Musicの2016年年間最優秀楽曲
- 2016年Billboard「夏の曲」に認定
- Wizkidにとってはナイジェリア人アーティスト初のBillboard Hot 100首位という歴史的快挙
「One Dance」が変えたもの:アフロビーツが世界へ出た日
「One Dance」の最も重要な功績のひとつは、アフロビーツとダンスホールという地域的なジャンルを、グローバルポップのど真ん中へと押し上げた点にある。
ナイジェリア出身のWizkidはこの曲をきっかけに世界的な知名度を手に入れ、2022年にTems(後にドレイクともコラボ)と出した「Essence」がJustin Bieberのリミックスを経てHot 100の9位にランクインするなど、その後のアフロビーツ旋風の最前線に立ち続けている。
またUKファンキーというほぼ忘れ去られかけていたジャンルが、Kylaの「Do You Mind」というサンプルを通じてドレイクの手で世界中に届いたことも見逃せない。NMEはこの曲を「Hotline Bling以来、これほどの規模のダンスフロア向けヒットはなかった」と評し、ロサンゼルス・タイムズのMikael Woodはアフリカとカリブ海の温かみあるダンスカルチャーを絶妙に表現した曲として絶賛した。
批評家の評価:グラミーへの怒りと、「One Dance」に向けられた不満
2017年のグラミー賞(第59回)では、収録アルバム「Views」がAlbum of the Yearにノミネートされ、ドレイクはこの年だけで合計8部門にノミネートされた。しかし「One Dance」自体はいかなる部門にも一切ノミネートされなかった。
授賞式の翌日(2017年2月13日)、ドレイクはApple Music Beats 1でのDJ Semtexとのインタビューでこう語っている。
「俺は黒人アーティストで、どうやら"ラッパー"らしい。"Hotline Bling"はラップソングじゃないのに。俺を押し込めるカテゴリがラップしかないんだ。過去にラップしたからか、黒人だからか、理由はわからない。"One Dance"がなぜノミネートされないのかと同じく」
この夜、ドレイクは「Hotline Bling」でBest Rap/Sung Performance(旧称)とBest Rap Songの2部門を受賞していた。しかし「ラップじゃない曲がラップ賞をもらっても嬉しくない。変な感じがする」と複雑な胸中を吐露した。授賞式にはロンドンでのボーイ・ミーツ・ワールドツアー中を理由に欠席しており、「One Dance」のノミネートがなかったこと、そしてKylaにとってもグラミー受賞・ノミネートの機会はなかった。
批評家からの評価は高く、Rolling Stoneのロブ・シェフィールドは2016年ベストソング50選の3位に「One Dance」を選出。「ライオネル・リッチーをパステルシャツで包んだような、カリブ海の夏のジャム」と評した。また同誌はWizkidやKylaを引き込んで生まれた「グローバルスタイルのユートピア的融合」とも讃えた。
一方で批判的な意見もある。一部の批評家からは「曲の美点のほとんどがKylaのサンプルとWizkidのバイブスであり、ドレイクの貢献は薄い」という指摘が上がった。The Singles Jukeboxのある評者は辛辣にこう言い切っている。「ピザの味はレシピを作った人のおかげで、焼いた本人は何もしていない」と。
それでも、Spotify史上初の10億再生という揺るぎない数字の前では、どんな批評も霞んでしまう。
まとめ:一度のダンスが、世界を変えた
「One Dance」は、トロント・ラゴス・ロンドン・プレトリアという4つの都市の空気を、たった2分54秒に詰め込んだ奇跡のような楽曲だ。
ドレイクのUK音楽への純粋な愛、Nineteen85の嗅覚、DJ Maphorisaのアレンジセンス、Wizkidのアフロビーツのグルーヴ、そして育児のために音楽活動を休止していたKylaが偶然引き寄せられたカムバック——この全部が揃わなければ、この曲は生まれなかった。
「信じられない、エイプリルフールじゃないか」と思いながら契約書にサインしたKylaのドキドキが、Spotifyで世界初の10億再生に変わる日が来るとは、誰も想像していなかっただろう。
一度だけ踊りましょう、と言いながら、この曲は世界中の人々を何億回も踊らせ続けている。
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