マイアミで産声を上げ、現在はロサンゼルスを拠点に活動するJenevieve (ジェネヴィーヴ)。彼女が2020年3月に放ったセカンド・シングル「Baby Powder」は、単なるヒット曲の枠を超え、世界中のリスナーの鼓膜と心を震わせる決定的な一曲となった。
Jenevieve – Baby Powder (2020)
懐かしさと新しさが同居する、唯一無二のサウンド
「Baby Powder」を一言で表すなら、それは「時代を跨ぐメロウ・グルーヴ」だ。80年代から90年代のR&B、ソウル、そしてディスコの質感を現代のネオソウルへと昇華させたその音像は、洗練されたファンク・グルーヴを纏っている。
特筆すべきは、日本人シンガー杏里の名曲「Last Summer Whisper」を大胆にサンプリングしている点だろう。このアプローチは、世界的なシティ・ポップ再評価の潮流とも自然に共鳴し、特に日本のリスナーからも強い注目を集めることとなった。プロデューサーのJean Benz(Benziboy)と共に作り上げたこの浮遊感あふれるサウンドは、夜のドライブや静かな独りきりの時間に、驚くほど深く馴染む。
杏里 – Last Summer Whisper (1982)
「ベビーパウダー」という言葉に隠された、乾いた情愛

タイトルにもなった「Baby Powder」という言葉。彼女はこの楽曲において、それを「潤いを失い、乾ききってしまった愛情」の象徴として描いた。
歌詞に綴られているのは、初恋と失恋の痛み、そして混乱だ。自分はすべてをさらけ出して愛を信じたのに、相手は秘密を隠し、あべこべに自分を責め立てる。そんな理不尽な関係への失望が、冷めた感情のまま繰り返されるフックへと繋がっていく。
「床にプラスチックが散らばっているけれど、それは私のせいじゃない
(Plastic on the floor but it ain’t from me)」
この一節には、泥沼の関係にあっても、問題の責任を独りで背負い込まないという彼女の強い自立心が宿っている。
制作の裏側:偶然と直感、そして祈り
Jenevieve本人のインタビューによれば、この曲の誕生は意外なものだった。当初は別の曲のために書いていた歌詞があったが、Jean Benzと「Baby Powder(乾いている感覚)」というテーマで話していた際、その歌詞がこのビートに驚くほど合致したのだという。 彼女は当時を振り返り、「正直、別の曲がヒットすると思っていた。でもこの曲は自分でも大好きだったから、芸術作品を披露するときのような緊張感があった」と、アーティストとしての素直な心情を明かしている。
彼女の歌声の根底には、幼少期に親しんだ教会のクワイヤー(聖歌隊)での経験がある。彼女にとって歌うことは「魂から湧き出るもの」であり、信仰と音楽は分かちがたく結びついている。マイケル・ジャクソン、ダイアナ・ロス、そして若き日のホイットニー・ヒューストンといった偉大な先人たちへの敬愛が、彼女の確かな歌心を作り上げた。
映像美と世界的なバイラル
楽曲の世界観をさらに強固にしたのが、ドリーミーで優雅なミュージックビデオだ。公開から数年で再生回数は数千万回規模にまで達している。「乾いた恋の景色」を視覚化したノスタルジックな映像美は、楽曲の持つ幻想的なムードを一段と高めている。
SNS上では「失恋後の自分へのエール」や「ドライブのアンセム」として親しまれ、国境を越えて多くの共感を生んだ。ミステリアスなデビュー曲「Medallion」で種をまき、この「Baby Powder」で見事に大輪の花を咲かせたと言えるだろう。
デビューアルバム『Division』への架け橋

この曲の成功は、2021年のデビューアルバム『Division』の礎となった。Pitchforkをはじめとする海外メディアは、本作を80〜90年代のR&Bを独自の感性で消化した傑作と評し、その中心に位置する「Baby Powder」をアルバムの象徴として称賛した。 後のライブ活動においても、彼女はこの曲を歌うことを「自分をさらけ出す大切な機会」と捉えており、ステージを通じて聴き手との深い感情の交流を続けている。
静かなる旋風
「Baby Powder」は、愛と失望、そして自己肯定が複雑に混ざり合った、極めてパーソナルで普遍的な物語である。 ジャンルの境界を軽やかに飛び越え、R&B新世代の旗手としての地位を不動のものにしたJenevieve。彼女が描く、甘くも切ない感情の揺らぎは、これからも色褪せることなく、多くのリスナーの心に寄り添い続けるはずだ。



コメント
杏里さんのLast summer whisperのサンプリングですね!
>>1
通りすがりさん
コメントありがとうございます!
そうですね!知らなかったので勉強になります。
ありがとうございます。元ネタめちゃくちゃかっこいいですね!