Hypnotize|The Notorious B.I.G.が到達した成功の完成形と、90年代ヒップホップの金字塔

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1997年3月4日。アメリカのヒップホップシーン、いや音楽史における運命の日である。 The Notorious B.I.G.(ノトーリアス・B.I.G./以下ビギー)は、この日、自身のキャリアを決定づけるシングル「Hypnotize」を世に送り出した。所属レーベルであるBad Boy RecordsとAristaからリリースされたこの曲は、同年発表のセカンドアルバム『Life After Death』からのファーストカットであり、彼が生前に発表した最後のシングルとなった。

あまりにも悲劇的なことに、このリリースのわずか5日後、3月9日に彼は凶弾に倒れ帰らぬ人となる。しかし、彼が遺した「Hypnotize」という楽曲は、死してなお輝きを増し、90年代ヒップホップを語る上で欠かせない金字塔として君臨し続けている。

The Notorious B.I.G. – Hypnotize (1997)

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成功と富、そして予感――『Life After Death』の幕開け

前作『Ready to Die』で描かれたのが、死と隣り合わせのストリートにおける生存競争だったとすれば、「Hypnotize」を含むアルバム『Life After Death』の世界観は、そこから一転して「成功と富」に満ちている。

制作を指揮したのは、バッドボーイの総帥Puff Daddy。さらにDeric “D-Dot” AngelettieやRon “Amen-Ra” Lawrenceといった共同プロデューサー陣が脇を固め、ビギーの人生をより成熟した視点から描き出した。贅沢な生活、ハイブランドの衣服、華やかなパーティーシーン。しかし、歌詞の端々にはストリートでの経験や、その裏に潜む危険な香りも漂っており、単なる「パーティーソング」では終わらない深みがそこにはある。

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伝説のビートはいかにして生まれたか

「Hypnotize」の核心にあるのは、一度聴いたら耳から離れないあのベースラインだ。これは1979年にBillboard Hot 100で1位を獲得したHerb Alpert (ハーブ・アルパート)のジャズ・ファンクの名曲「Rise」を大胆にサンプリングしたものである。

Herb Alpert – Rise (1979)

当時、Herb Alpertは自身の楽曲のサンプリング使用に慎重だったことで知られている。しかし、Puff Daddyは諦めなかった。彼は自身の幼少期の思い出や、いかに「Rise」という曲に思い入れがあるかを熱心に語り、デモテープを聴かせることで、ついに承諾を勝ち取ったのである。

だが、このトラックが「本命」になるまでの過程には、さらに劇的なエピソードがある。プロデューサーのRon Lawrenceによれば、当初このビートはアルバム用の本命ではなく、スタジオでのアイデア出しの一つに過ぎなかった。 「ビギーがブースに入って、あのビートを聴いた瞬間に空気が変わったんだ。正直、あそこまで完璧にハマるとは誰も思っていなかった」 Ron Lawrenceはそう回想する。

ビギーは完成された歌詞というより、アイデア段階のフレーズをもとに、ループするビートに乗せてフローを組み立てていったという。その第一声こそが、あのあまりにも有名なイントロ、“Uh, uh, yeah…” だったのだ。 つまり「Hypnotize」は、計算し尽くされた楽曲というよりは、「ビギーがビートを支配していく過程そのもの」が封じ込められた奇跡的なテイクなのである。

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「遅さ」が支配する、王者のフロー

90年代中盤のニューヨークにおけるラップシーンは、テクニカルな早口や複雑な韻がもてはやされる傾向にあった。しかし、ビギーはあえてその逆を行く。制作現場では、スピードよりも“間”や余白を重視する姿勢を一貫して見せていたとされている。

その言葉通り、『Hypnotize』での彼のフローは極めてスムーズで、余裕に満ちている。一語一語をビートの上に「置いていく」ようなそのスタイルは、後のジェイ・Zやリック・ロスらにも多大な影響を与えた。

冒頭のリリック、“H-A-H-A, sicker than your average” に登場する「H-A-H-A」も、単なる笑い声ではない。Puff Daddyら関係者の証言によれば、このフレーズは「ここから流れを完全に掌握する」というサインのように受け取られていたという。

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先人への敬意と継承

楽曲のブリッジ部分には、1985年のクラシック、Doug E. Fresh (ダグ・イー・フレッシュ)Slick Rick (スリック・リック)の『La Di Da Di』の一節が引用されている。

Doug E. Fresh feat. Slick Rick – La Di Da Di (1985)

これは単なるオマージュを超えた、ビギーなりの「ラブレター」だった。 「スリック・リックは俺の教科書だ」 常々そう公言していたビギーに対し、周囲は引用について「やりすぎではないか」と懸念を示したが、彼は「本物は、本物を隠さない(Real recognize real)」というスタンスを貫いていたとされている。この引用は、ヒップホップという文化の系譜をつなぐ象徴的な瞬間として、歴史に刻まれることとなった。

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映像で描かれた「完成された夢」

Paul Hunterが監督を務めたミュージックビデオもまた、伝説の一部だ。制作費は80〜90万ドル規模とされている。当時のヒップホップMVとしては破格のスケールで、ヨット、ヘリコプター、プールパーティーといった豪華絢爛なセットが用意された。

ビギーはこのビデオ制作に強い興奮を示していたが、それは単に富を誇示するためではなかった。 「これは現実を見せたいんじゃない。俺が想像していた“成功の形”、夢を完成させた姿を見せたいんだ」 Paul Hunterが語るように、ビギーにとってこの映像は、現実というよりも「映画」であり、彼が到達したかった理想郷の具現化だったのである。

時代を超えて響くレガシー

『Hypnotize』はリリース直後に全米チャートを席巻し、ビギーにとって初のBillboard Hot 100における1位をもたらした。しかし、その快挙が達成されたのは、彼の死後のことだった。皮肉にも、楽曲が描いた「成功の頂点」と、彼の人生の終焉はほぼ同時に訪れたのである。

1998年のグラミー賞では「Best Rap Solo Performance」にノミネートされ、Rolling Stone誌の「史上最高のヒップホップソング100」でも上位にランクインするなど、その評価は揺るぎない。現在でも多くのアーティストにサンプリングされ、愛され続けているのは、この曲が単なるヒットソングだからではない。

即興から生まれた奇跡的なグルーヴ、余白を支配する王者のフロー、先人へのリスペクト、そしてビギー自身が夢見た「成功の完成形」。それらすべてが完璧に噛み合った「Hypnotize」は、ノトーリアス・B.I.G.という稀代のアーティストの魂そのものであり、永遠に色褪せることのないヒップホップの至宝なのである。

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