YG「Toot It and Boot It」元ネタは?意味・サンプリング曲・Ty Dolla $ignのクレジット問題まで完全解説

2010年代
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「ビートを5分で作って、フックを10分で作った。今まで作った中で一番早くできたのに、一番売れた曲になった」——Ty Dolla $ignがFADERのインタビューでこう語ったとき、その口調にはどこか苦笑いに近いものがあったはずだ。

YGの「Toot It and Boot It」は、2010年にDef Jamからリリースされたウエストコーストヒップホップの歴史的一曲だ。だがその誕生の裏側には、普通のヒット曲とは少し違う、複雑な事情が絡み合っている。ビートを作ったのも、フックを歌ったのも、実はTy Dolla $ign。なのに正式リリース時、彼の名前はどこにも書かれていなかった。作詞・作曲・プロデュース・ボーカルを全部やって、クレジットはゼロ——そんな「ちょっと待て」な状況から生まれたこの曲が、YGTy Dolla $ign・DJ Mustardという3人のキャリアを同時に爆発させ、ウエストコーストラップを復権させるきっかけになったのだから、音楽の世界はわからない。

サンプリング元は1966年のロックバンド・The Associationの「Songs In the Wind」。コンプトンのストリートと60年代のポップが、時空を超えてひとつのトラックに溶け込んだ——そのプロセスも含めて、この曲には語り継ぐべき話がいくつもある。

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🎧 クイック概要:10秒でわかる基本データ

項目内容
アーティスト / 曲名YG feat. Ty Dolla $ign / Toot It and Boot It
収録アルバムミックステープ『The Real 4Fingaz』(2009)収録、Def Jamより正式シングルとしてリリース(2010年6月8日)
サンプリング元The Association – Songs In the Wind
(1966年アルバム『Renaissance』収録)
最高位米 Billboard Hot 100:67位
米 Hot Rap Songs:12位
米 Rhythmic:年間チャートランクイン
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YGってどんな人物か——コンプトンの路上から這い上がった男

YGの本名はKeenon Dequan Ray Jackson。1990年3月9日、カリフォルニア州コンプトン生まれだ。「YG」は「Young Gangsta(ヤング・ギャングスタ)」の略で、名前の通りストリートど真ん中で育った。2006年、16歳のときにコンプトンを拠点とするPiru系ギャング「Tree Top Piru」に加入している。そのリアルな経験が、のちの音楽に独特の生々しさとして刻み込まれることになる。

ラップを始めたのも10代のころ。自作曲をMySpaceに上げていたら「She A Model」「Aim Me」などが南カリフォルニアの若者たちの間でバイラル。2008年には初のミックステープ『4Fingaz』を作り、地元のパーティプロモーター・Big Bに目をかけられる。そこからTy Dolla $ignとDJ Mustardと引き合わされ、チームとしての活動が始まっていく。

ただ2008年、YGはある事件で逮捕・拘留されている。不法侵入がらみの事件だ。当初は2年の刑を言い渡されたが、家族の友人が裁判所に介入し、わずか6ヶ月で釈放された。本人はFADERのインタビューでこう語っている。「そのとき捕まった。保釈で出てきたら、ラップの仕事が転がり込んでいた」。塀の外に出たら仕事が待っていたというこの展開、映画みたいだが実話だ。

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Ty Dolla $ignってどんな人物か——音楽一家に生まれた万能プロデューサー

Ty Dolla $ignの本名はTyrone William Griffin Jr.。1982年4月13日、ロサンゼルス生まれ。父親はファンクバンド「Lakeside」のメンバーで、デスロウレコードのアーティストともセッション仕事をこなしていた人物だ。Tyは父の仕事を通じて幼少期にEarth, Wind & FireやPrinceといったレジェンドたちと直接接する機会を得たと語っている。楽器に囲まれた環境の中でベース・ドラム・ギター・キーボードを自然に習得し、ビートメイクにも早くから親しんだ。

YGとの出会いについて、TyはCrack Magazineでこう話している。

「Big B(YGのマネージャーでもあった)から『YGって奴と一緒にやってほしい。コンプトン出身でいい感じに来てるから』って言われたんだ。そこから一緒に曲を作り始めて、3曲目くらいで出来たのが"Toot It and Boot It"だった」

当時のTyはまだソロとして世に出ていない段階で、Def Jamとの契約も持っていなかった。だからこの曲は「YGのシングル」として出ることになる。自分のフックも名前もクレジットされないまま、世の中に放たれた。

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タイトルの意味——「Toot It and Boot It」ってどういう意味か

「Toot It and Boot It」は、「セックスしてすぐに追い出す=一夜限りの関係」を意味するLAスラングだ。「toot it」が性行為のスラング、「boot it」が「叩き出す・蹴り出す」の意味で、直訳すれば「ヤって追い出す」になる。

YG本人がMTVニュースのインタビューでこう説明している。

「あの曲の意味はな、一晩だけ楽しむってことだ。ラスベガスに行って、クラブで女の子に出会って、何の話かわかるだろ、ホテルに連れ帰って、それが終わったら追い出す。'Toot it and boot it'だ。'boot'はブーツで蹴り出すってことだよ」

ミソジニー(女性嫌悪)じゃないかという問いに対しても、YGはけろっとこう答えた。

「女の子たちもこの曲好きだよ、なぜなら彼女たちもいっぱいtoot it and boot itしてるから。俺の気持ちがわかるんだ」

歌詞の核にある「And after that you gotta go ‘cause you ain’t my wife(その後は出て行けよ、お前は俺の女房じゃないんだから)」というラインが、この曲の世界観を象徴している。関係への期待を持つことへの拒絶、快楽の一時性をあっけらかんと肯定する姿勢。ドープだが冷淡、軽いが正直——そのアンビバレンスが、この曲を単純なパーティーソングにとどまらない何かにしている。

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元ネタは1966年のロックバンド——「Songs In the Wind」からウエストコーストへ

「Toot It and Boot It」のビートの核になっているのは、1966年のアメリカのポップバンド・The Associationの楽曲「Songs In the Wind」から取ったピアノのループだ。The Associationは「Cherish」「Windy」「Never My Love」などのヒットで知られる、1965年にロサンゼルスで結成された6人組で、「Songs In the Wind」はデビューアルバム『Renaissance』に収録された曲。チャートヒットはしていないが、独特の浮遊感を持つ一曲だ。

Ty Dolla $ignはそのピアノのイントロを大幅にスローダウンさせ、ピッチも落として使用した。さわやかなポップサウンドが、ローファイでドリーミーなウエストコーストの質感に変換されるそのプロセスは、ヒップホップにおけるサンプリングの妙味そのものといっていい。

このアイデアがどこから来たのかについて、TyはRolling Stoneにこう語っている。

「あの発想は前の晩から来てるんだ。Mustardが家に来ていて、みんなでたむろしてた。MustardがDJしてたんだけど、D4Lの『Scotty』を流したら、その場が一瞬でやばくなった。超シンプルなのに。それで翌日『あのバイブスでやろう』と思ってスタジオに入った。そのサンプルと合わさって、Gファンク時代を思い出させてくれた。俺たちでウエストコーストを取り戻した感じがした」。

前夜のたむろから受けたインスピレーションを翌朝スタジオで形にする——このスピード感が、この曲の生命力に直結している。

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「Mustard on the beat, hoe!」誕生秘話——あのシャウトはこうして生まれた

「Toot It and Boot It」といえば、冒頭の「Mustard on the beat, hoe!」というシャウトアウトを覚えている人も多いだろう。あの一言で、DJ Mustardというプロデューサーの名前は一気に広まった。実はこれにも裏話がある。

Ty Dolla $ignは当時、MustardをLAの「Fat Man ScoopeやDJ Khaled的なポジション」——つまりビートにシャウトを乗せるキャラとして売り出したかったと語っている。ただMustard本人は最初、乗り気じゃなかった。しかしTyの説得についにOKを出し、あの独特の口上が誕生した。今となってはあのシャウトがDJ Mustardのトレードマークになったのだから、人生何がきっかけになるかわからない。

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世界一速い名曲の誕生——「ボツにするつもりだったビート」が爆発した

「Toot It and Boot It」の制作エピソードはシンプルすぎるほどシンプルだ。Ty Dolla $ignいわく、ビートが5分、フックが10分。合計15分そこそこで骨格ができあがった。その後YGが来てラップパートを録り、曲が完成した。

ところが当のTyは、最初このビートを捨てるつもりでいた。FADERのインタビューでこう明かしている。「

今まで作った中で一番簡単にできた曲なのに、あんなに爆発するとは思わなかった。"ちくしょう"って感じだったよ」。

さらにUrban Dailyのインタビューでは、曲の所有権についてより踏み込んだ話も語られている。

「もともとは俺の曲だった。でもYGがDef Jamとの契約を持ってたから、彼に渡した。俺たちは同じPu$haz Inkのクルーだしね」

捨てるつもりだったビート、クレジットされないフック、5分で作ったトラック——その全部が重なって、何百万人もの耳に届く曲が生まれた。「力の入った曲より、ゆるく作ったものがヒットする」とはよく言われるが、この話ほどそれを体現した例もなかなかない。

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クレジットゼロの男が耐えた理由——Ty Dolla $ignが語った本音

「Toot It and Boot It」が正式リリースされた際、Ty Dolla $ignの名前はどこにも書かれていなかった。作詞・作曲・プロデュース・フックボーカルのすべてを担ったのに、クレジットはゼロだ。世間にはYGの曲として認識された。

DJ Boothはこの状況をこう表現した。

「世界が初めてTy Dolla $ignを耳にしたとき、俺たちはTy Dolla $ignを聴いていることに気づいていなかった。"Toot It and Boot It"はその後10年間で最も成功した3つのキャリア——YG、Mustard、そしてTy Dolla $ign——を同時に生み出した。しかしクレジットされたのはYGだけだった」

Tyはこの状況について、FADERのインタビューで率直にこう語っている。

「"Toot It and Boot It"が爆発して、YGがすべてを手に入れていったとき、俺は複雑な気持ちになった。"ちょっと待ってくれ、俺が全部の音楽やってるのに、俺のターンはどこだ?"って。でも耐えた。フラッシュしなかった。で、俺の時代が来た」

そして実際に、時代は来た。Ty Dolla $ignはその後、Kanye・Beyoncé・Post Malone・Mac Millerなど名だたるアーティストが「欲しい」と思うフックシンガー/プロデューサーになっていく。「匿名のフック担当」として出発したことが、逆説的に彼を「誰からも必要とされる存在」へと鍛え上げた。

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MVと50セント&スヌープのリミックス——ローカルが全国区になった瞬間

オリジナルのMVは映像監督・James Earlが手がけ、2010年7月19日に公開された。ロサンゼルスを舞台に、クラブの内装・ストリートの路上・屋外プールを行き来しながら、YGと女性たちがたむろするパーティー映像だ。低予算ながらハンドカメラの臨場感とスローモーションを駆使したウエストコーストらしい雰囲気で仕上がっている。ちなみにTy Dolla $ignも映像にカメオ出演しているが、もちろんクレジットには名前がない。

その後、公式リミックスが制作され、50CentとSnoop Doggが参加した。コンプトンのローカルシーンで生まれた曲に、全米クラスのビッグネームが乗っかることで、ラジオでの露出が一気に拡大。「これはうちの地元だけの話じゃない」と、アメリカ中が気づくきっかけになった。

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チャート記録とDef Jam契約——数字以上の意味を持った成績

「Toot It and Boot It」はBillboard Hot 100で67位を記録し、Hot Rap Songsでは12位に到達。年間Rhythmic Airplayチャートにもランクインした。数字だけ見ると地味に見えるかもしれないが、当時のウエストコースト勢の状況を考えれば十分すぎる成績で、RIAAによるプラチナ認定も取得している。

L.A.の有力ラジオ局Power 106のミュージックディレクター・E-Manは、この曲のインパクトをFADERにこう語っている。

「"Toot It"はあっという間にラジオを席巻した。ミックスショウDJたちが全員"この曲なんだ?"って聞いてきた。それで反応を見て、全力で推した。ラジオ的な観点から言えば、あの曲はYGを点火させ、Ty Dolla $ignを点火させ、DJ Mustardを点火させた。3つのキャリアを同時に始動させた曲なんだ」。

Def Jamとの正式契約(2009年10月)のきっかけも、この曲の評判だった。YGが2009年にハリウッドで行ったライブに居合わせたDef JamのA&R上級副社長・Max Gousseが、YGのパフォーマンスと技術的なラップスキルに目をつけて動いた。当時のレーベル社長・L.A. Reidがウエストコーストアーティストへの注力を強めていた時期とも重なり、契約は数日以内に成立した。

YGはその後をこう振り返っている。

「サインしたとき、金を全部使ってインングルウッドに場所を借りて、みんなをそこに住まわせた。ホーミーもいる、女の子もいる、なんでもある状態で俺たちは全力でやった」

一発当てたら周りを全員引き上げる——その気質がにじみ出るエピソードだ。

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「孫サンプリング」という奇跡——Snoop & Wiz Khalifaへの連鎖

「Toot It and Boot It」にはもうひとつ、面白い遺産がある。この曲自体が、翌年には別の大ヒット曲にサンプリングされる側に回ったのだ。

2011年、Snoop Dogg & Wiz Khalifaがfeat. Bruno Marsで「Young, Wild & Free」をリリースした。映画『Mac & Devin Go to High School』のサウンドトラック曲で、その中に「Toot It and Boot It」からのサンプルが使われている。つまり流れはこうだ——The Associationの「Songs In the Wind」(1966年)→ YGの「Toot It and Boot It」(2010年)→ Snoop & Wizの「Young, Wild & Free」(2011年)。

元ネタの元ネタ、「孫サンプリング」とでも呼ぶべきこの連鎖は、「Toot It and Boot It」がウエストコーストのサウンドにどれほど深く刻まれたかを示している。コンプトンのストリートから生まれた一曲が、レジェンドたちに受け継がれていく——これほど「認められた」という証明はない。

「Young, Wild & Free」の記事はこちら。

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3人のキャリアを同時に点火した曲——その後どうなったか

「Toot It and Boot It」が残した最大の遺産は、チャートの数字でも再生回数でもない。この1曲が、その後のウエストコーストヒップホップを牽引する3人の才能を同時に世に送り出したことだ。

YGはDef Jamとの契約を経て、2014年のデビューアルバム『My Krazy Life』でBillboard 200最高2位を記録し、全国的な名声を獲得した。2016年の「FDT(Fuck Donald Trump)」ではラッパーの枠を超えた社会批評家としての顔も見せ、一過性のアーティストではないことを証明した。

Ty Dolla $ignはAtlantic Recordsとソロ契約を結び、「Or Nah」「Paranoid」「Psycho」(feat. Post Malone、全米1位)などのヒットを連発。今やヒップホップ・R&B界で最も引っ張りだこのフィーチャリングアーティストのひとりだ。

DJ MustardはYGとの「Toot It and Boot It」から自らのサウンドを確立し、Rihanna・Tyga・YG・2 Chainzなど数えきれないアーティストの大ヒット曲を手がける超一流プロデューサーへと成長した。

3人は今もコラボを続けており、それぞれがウエストコーストの音楽シーンに確固たる地位を持っている。その出発点にあったのは、ローカルのたむろ翌日の朝に、ボツにするつもりで5分で作られたビートだった。

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まとめ——5分のビートが、3人の人生を変えた

「Toot It and Boot It」という曲を整理すると、やっぱり笑ってしまうくらい偶然の連続だ。パーティの翌朝、ボツにするつもりのビートを15分で仕上げた。名前も書かれないままリリースされた。それが全米ラジオを席巻し、Snoop Doggにサンプリングされ、3人のキャリアを同時に爆発させた。

1966年のロックバンド・The Associationも、まさか自分たちのマイナー曲のピアノフレーズが、44年後にコンプトンのラッパーのデビュー曲になり、さらにその翌年にはSnoop DoggとWiz Khalifaの曲に引用されるとは夢にも思っていなかっただろう。音楽の連鎖というのは、誰も予測できないところでつながっていくものだ。

Ty Dolla $ignがFADERで語った言葉をもう一度思い出す。

「でも耐えた。フラッシュしなかった。で、俺の時代が来た」

クレジットゼロで始まった男の言葉として、これ以上ふさわしいものはない。

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