2025年、世界の音楽シーンに突如現れた一曲がある。その名は「Golden」。歌っているのは“HUNTR/X(ハントリックス)”というK-POPグループ——しかし、この名は実在しない。彼女たちはNetflix配信のアニメ映画『KPOPガールズ!デーモン・ハンターズ』(原題:Kpop Demon Hunters)の中でのみ存在する、架空のアイドルユニットである。
ところが、その「虚構」はスクリーンの外へと溢れ出した。映画の公開と同時にリリースされた「Golden」は、フィクションの登場人物たちによる楽曲でありながら、現実の音楽チャートで頂点を極めたのだ。
HUNTR/X – Golden (2025)
“HUNTR/X”という現象

『KPOPガールズ!デーモン・ハンターズ』は、2025年6月20日にNetflixで配信が始まったアニメ映画である。ミュージカル要素とファンタジーアクションを融合させた本作は、配信開始からわずか数日で世界中のトレンドを席巻し、1ヶ月以上にわたりNetflixランキングの首位を独占した。
物語の中心を担うのが、悪魔と戦うK-POPアイドルグループ「HUNTR/X」。このグループを“演じた”のは、EJAE、Audrey Nuna、REI AMIといった現実の実力派アーティストたちだった。グローバルR&B/ポップシーンで注目を集める彼女たちの歌声が重なり合い、HUNTR/Xという仮想グループにリアルな息吹を吹き込んだ。
監督のクリス・アッペルハンズは、制作時に「迷ったら“より韓国らしく”を選ぶ」ことを意識していたという。物語や音楽の細部までK-POP文化への敬意が貫かれ、現地のアーティストやプロデューサーの意見が積極的に取り入れられた。その結果、西洋が生み出す“K-POP風”という表面的な模倣ではなく、真正性をもった作品に仕上がったのである。
また、EJAEが初期段階で制作したデモ音源が、映画全体の音楽設計の基盤になったとされる。彼女の歌声が「ルミ」というキャラクターを形づくる中心となり、そこから他のメンバーの表現や物語のトーンまでも決定づけていったという。
こうしてHUNTR/Xは、映画のために作られた仮想ユニットでありながら、現実のアーティストたちの感性を宿した“生きた存在”としてリスナーの心を掴んだ。
「Golden」——輝きを取り戻すためのアンセム

映画のリリースから2週間後の2025年7月4日、HUNTR/X名義で配信されたシングル「Golden」は、瞬く間に世界的な現象となった。
全米シングルチャートで1位、イギリスのチャートでも1位を獲得。実在しないアーティストによる曲が現実の音楽産業の頂点に立つという、前代未聞の快挙だった。
人気の理由は映画の勢いだけではない。
“I'm done hidin', now I'm shinin' / Like I'm born to be.”
(もう隠れるのはやめた。生まれながらにして輝く存在のように、今私は光る。)
この一節に象徴されるように、歌詞には“自分を隠さず、恐れずに光を放つ”というメッセージが込められている。
それは映画の主人公たちの成長物語と重なり合いながらも、現代を生きる多くの人々の心にも響く普遍的なテーマである。
この楽曲の背景には、メンバーたち自身の内面も反映されている。REI AMIは「私たちが戦っている悪魔は、外ではなく内側にいる」と語り、EJAEも「良い部分も弱さもすべて含めて自分を愛すること」をテーマに掲げた。
「Golden」は、単なるヒロイズムではなく、自己受容と勇気を歌うリアルなポップ・アンセムとして多くのリスナーに受け入れられたのだ。
サウンドトラックとしての成功

「Golden」は、映画のサウンドトラック『KPop Demon Hunters (Soundtrack from the Netflix Film)』にも収録されている。
このアルバムもまた驚異的なヒットを記録し、全米アルバムチャートで1位を獲得した。HUNTR/Xの楽曲群に加え、TWICEのジョンヨン、ジヒョ、チェヨンらが参加した「Takedown」なども収録され、作品世界を音楽として再構築した内容となっている。
興味深いのは、このサウンドトラックが映画の“付属物”に留まらなかった点である。公開終了後も楽曲はリスナーの間で聴き続けられ、まるで実在するK-POPグループのディスコグラフィーのように扱われた。
ファンたちはSNSでカバーやダンスチャレンジを投稿し、HUNTR/Xの架空メンバーたちはまるで本物のアイドルのように支持を集めていった。
音楽が映画を越えて“永遠のアンコール”を生み出した瞬間だった。
また、サウンドトラック全体が“K-POPと西洋ポップ、アニメ文化の融合”を象徴する作品としても注目された。
多様なバックグラウンドを持つ制作陣が集い、アジアと欧米の表現スタイルを滑らかに織り交ぜることで、国境を越えた新しいポップの形を提示したのである。
フィクションが生んだ“リアルな共感”
HUNTR/Xの「Golden」は、映画の一曲という出自を持ちながら、リスナーにとってはむしろ“現実の自分を映す鏡”のような楽曲になった。
誰もが心のどこかで抱える「自分らしく輝きたい」という願いを、彼女たちは音楽で代弁してみせたのだ。
この作品が示したのは、音楽における“存在”とは、必ずしも現実世界に実体を持つ必要はないということ。
HUNTR/Xは架空の存在でありながら、彼女たちの歌声は現実のアーティストの感情から生まれ、リスナーの現実に確かに響いた。
AIアーティストやバーチャルアイドルの時代が加速するなかで、「Golden」はその先駆けとして、フィクションとリアリティをつなぐ象徴的な作品となった。
さらにキャスト陣は、次なる展開を示唆している。新たなアルバム案「Diamond」や、他アーティストとのコラボレーションの構想も語られており、HUNTR/Xが今後“実在するアーティスト”として活動する可能性さえ囁かれている。
2025年、音楽史に新たなページを刻んだ「Golden」。
その輝きは、フィクションの世界にとどまらず、現実のリスナーたちの心を照らし続けている。



コメント