Zapp「Computer Love」とは?元ネタ・サンプリング一覧・歌詞の意味・Roger Troutmanのトークボックス・Charlie Wilsonとの共演・事件まで徹底解説

1980年代
1980年代Z
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40年前、オハイオ州の小さな街で生まれたある曲が、今もなお世界中の音楽に息づいている。Zapp (ザップ)の「Computer Love」は、R&Bチャートを駆け上がっただけでなく、ヒップホップからジャズまで100曲超にサンプリングされ、世代を超えて愛され続ける稀有な存在だ。機械の声が紡ぐ、これは愛の物語。

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🎧 クイック概要:10秒でわかる基本データ

項目内容
アーティスト / 曲名Zapp(Zapp & Roger)/ Computer Love
収録アルバムThe New Zapp IV U(1985年)
シングルリリース1986年
チャート最高位Billboard R&Bチャート 最高8位
参加ボーカリストShirley Murdock、Charlie Wilson(The Gap Band)
作曲Roger Troutman、Larry Troutman、Shirley Murdock
プロデュースRoger Troutman
備考サンプリング・インタポレーション合わせて100曲超に引用

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まず知っておきたい:Zappとは何者か

「Computer Love」をきちんと味わうには、まずZappというバンドの素性を知っておく必要がある。

Zappはオハイオ州ハミルトン出身のTroutman一家——Roger、Larry、Lester、Terryら兄弟を中心に結成されたファンクバンドだ。その原点は1970年代、ガレージで楽器を練習し続けた少年たちにある。父親のRufus Sr.は息子たちにこんなことを説いていたという。

「楽器は自分の内なるものを表現するためのビークルに過ぎない。一つだけ習ったら、それに縛られてしまう」

だから兄弟たちは多彩な楽器を学んだ。この「どんな楽器でも武器にする」精神が、後のZappの音楽的な懐の深さを生み出した。

転機は、Parliament-FunkadelicのBootsy Collinsが彼らの演奏を耳にし、George Clinton(P-Funk総帥)に紹介したことだった。Clintonはその才能に惚れ込み、まず自身のUncle Jam Records(CBS配給)へ契約。その後レーベルの閉鎖に伴い、Warner Bros. Recordsへの移籍が実現した。なお「Zapp」というバンド名は、Terry兄のニックネームがそのまま採用されたものだ。

1980年のデビューシングル「More Bounce to the Ounce」はBillboard R&Bチャートで最高2位を記録。1982年の「Dance Floor(Part I)」ではR&Bチャート1位を獲得し、1980年代を代表するファンクグループの一角を占める存在へと成長した。

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トークボックスという「武器」:Rogerが費やした何百時間

ZappRoger Troutmanを語るうえで絶対に外せないのが、トークボックスだ。

ボコーダーに似た、ロボットのような声を生み出すこの機材。しかし、それまでは「トークボックスはダンスミュージックにしか使えない」という暗黙の常識があった。Roger自身もはじめから使えたわけではない。彼はインタビューでその習得過程をこう振り返っている。

「Peter FramptonやStevie Wonderがトークボックスを使っているのを聞いて、興味を持った。ところが実際にやってみると、本当に難しい。楽器を演奏しながら同時に歌うというのは至難の業だ。だから何百時間もガレージにこもって、子供がアルファベットを覚えるように、一から使い方を学んだ。それから黒人の偉大なシンガーたちを研究し、シンガーが表現できることを何でもできるようにした。レコードで使い始めたとき、これがこれほど人を魅了するとは思っていなかった」

何百時間もガレージに閉じこもる——そのひたむきさが、Rogerの唯一無二のスタイルをつくった。

使用機材はカスタムメイドのElectro Harmonix「Golden Throat」を通したMoog Minimoogで、後年はYamaha DX100 FMシンセサイザーへと移行している。後のT-PainドレイクがAutoTuneを多用するはるか前に、Rogerはすでに「機械の声で人の心を揺さぶる」ことを実証していたのだ。

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深夜3時の電話:「Computer Love」はこうして生まれた

「Computer Love」の誕生には、今では伝説となったエピソードがある。

Roger TroutmanCharlie Wilsonに曲のアイデアを持ちかけたのは、深夜3時ごろの電話だった。眠りを妨げられたCharlieだったが、Rogerの構想に引き込まれ、二人は協力して曲を仕上げることになった。

Rogerがそのとき語ったコンセプトは——「コンピューターを使って、完璧な女性を作る」というものだったという。インターネットが一般に普及するより10年以上前の1985年にこのアイデアが生まれたことを考えると、その先見性には改めて驚かされる。同年公開の映画『Weird Science』(コンピューターで理想の女性を作り出すSFコメディ)と時期が重なるのも興味深い。「デジタルと人間の関係性」を、ポップソングとして昇華させた最初期の作品のひとつと言っていいだろう。

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ライバルバンドとの「禁断コラボ」:Charlie Wilsonを巡るゴタゴタ

ここから先は、少し込み入った話になる。

CharlieThe Gap BandのリードシンガーであるCharlie Wilsonだ。そしてZappThe Gap Bandは、当時のR&Bシーンにおけるガチのライバル同士だった。Charlieが所属レーベルに「Rogerと一緒にレコーディングする」と伝えたとき、当然のごとく大騒ぎになった。Charlie Wilson本人がこう語っている。

「レーベルがRogerと一緒に歌うと知ったとき、大問題になった。ヒットするわけがないって言われたよ」

RogerはMVの制作まで計画していたが、WarnerとCharlieが所属するレーベルの双方から反対を受け、映像化は実現しなかった。両者がライバルバンドのメンバーであることも、そこに輪をかけた。

それでも二人の友情は公私ともに続いた。Rogerはステージ上でCharlieを呼び込み、「Computer Love」をデュエットで披露することをたびたび行った。Charlie自身は後にインタビューでこう振り返っている。

「RogerのZappとGap Bandは本当のライバルだった。でも、Rogerと私はとても親しくなった。彼はよく私をステージに呼び出して『Computer Love』を一緒に歌わせてくれた。兄を怒らせたけど、それでもやったよ」

兄に怒られながらもステージへ出ていく——このエピソードだけで、二人の間に音楽への純粋な愛があったことがよく伝わってくる。

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豪華すぎるボーカル陣:Shirley MurdockとCharlie Wilsonという「二枚看板」

「Computer Love」の核心は、トークボックスだけではない。Shirley MurdockCharlie Wilsonの生身の声こそが、この曲を単なるシンセ実験で終わらせなかった最大の要因だ。

Shirley MurdockRogerにスカウトされ、1984年からZappに参加した新星だ。翌1986年には彼女のソロデビュー作がプラチナ認定を獲得するほどの実力の持ち主で、「Computer Love」はある意味、その飛躍を予感させる一曲でもあった。

「Computer Love」はその慣習を真っ向から覆した作品でもある。ゆったりとしたスロウジャムに、Rogerの機械的なトークボックス、そしてShirleyCharlieの肉声ボーカルを組み合わせた独創的なアレンジは、「トークボックスはダンスミュージックにしか乗らない」という固定観念を粉砕してみせた。

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Kraftwerkとの偶然の一致:「Computer Love」は実は2曲ある

少しトリビア的な話をはさむと——「Computer Love」というタイトルの曲は、Zappの版だけではない。

ドイツのエレクトロニックグループKraftwerkが同名曲を1981年にリリースしており、こちらはコールドプレイの「The Scientist」のサンプリング元としても知られる名曲だ。ZappのバージョンとKraftwerkのバージョンに直接の関連はなく、タイトルの一致は純粋な偶然である。

ただ、R&Bとエレクトロニック・ポップという全く異なるジャンルの二組が、ほぼ同じ時代に「コンピューターと愛」というテーマを独立して探求していたという事実は、1980年代というデジタル黎明期の空気をよく表している。「コンピューターが愛や人間関係とどう交差するか」は、当時あらゆるジャンルのアーティストが直感的に感じ取っていたテーマだったのかもしれない。

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100曲超にサンプリング:ヒップホップが愛した「永久機関」

「Computer Love」が残した最大の遺産のひとつが、その圧倒的なサンプリング被引用数だ。

ヒップホップとR&Bのプロデューサーたちにとって、この曲はほぼ無尽蔵のインスピレーション源となった。サンプリング・インタポレーション合わせて約100曲以上に引用されており、これはポップミュージック史においても特筆すべき数字である。

主なサンプリング使用例は以下の通りだ:

アーティスト曲名
The Notorious B.I.G. feat. Puff DaddyMe & My Bitch (Live From Philly)1994
2PacI Get Around / Thug Passion1993 / 1996
Christión and Jay-ZYour Love1998
RedmanBlow Your Mind1992
Lil’ Kim feat. T-Pain & Charlie WilsonDownload2009
Ne-Yo and JeremihU 2 Luv2020
Wiz Khalifa feat. Ty Dolla $ignSomething New2017
Chris Brown feat. Sevyn StreeterParty Hard / Cadillac (Interlude)2012
Fat JoeSo Much More2005
Jeremih feat. 4batzSick2024

BiggieからJeremih & 4batzまで、約30年にわたってヒップホップとR&Bの第一線で引用され続けている。これだけ持続的に「使われ続ける」楽曲は、世界を見渡してもそう多くない。

また2024年にはジャズミュージシャンのKamasi Washingtonがアルバム『Fearless Movement』でカバーを披露。1989年にはイギリスのシンガーJanet Kayがカバーするなど、ジャンルも国境も超えた影響力を証明してきた。

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G-ファンクへの橋渡し:ウェストコースト・ヒップホップを形作ったZappのグルーヴ

「Computer Love」を含むZappの楽曲群は、1990年代にウェストコースト・ヒップホップが隆盛を極める際に決定的な役割を果たした。Dr. DreSnoop DoggIce Cubeらは積極的にZappのサンプルを使用し、その独特のグルーヴがいわゆるG-ファンクサウンドの骨格をつくった。

Roger Troutman自身も、1995年にリリースされた2PacDr. Dreの「California Love」にトークボックスボーカルで参加している。この曲はBillboard Hot 100で2週連続1位を獲得し、グラミー賞のBest Rap Performance by a Duo or Group部門にノミネートされた。Rogerが死の4年前に残したこの仕事は、彼のキャリアにおけるひとつの頂点でもあった。

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1999年4月25日:兄弟の間に起きた悲劇

輝かしい遺産を積み上げてきたRoger Troutmanの人生は、しかし悲劇的な形で幕を閉じた。

1999年4月25日、オハイオ州デイトンのレコーディングスタジオ外でRogerは複数の銃弾を受け、搬送先の病院で死亡した。バンドメンバーでもあった兄のLarryが凶行に及んだとみられており、その後Larryは数ブロック先の車内で自らの命を絶った状態で発見された。

兄弟間の確執の詳細は今も謎に包まれているが、金銭トラブルや解雇を巡る怒りが引き金になったとも言われている。この日をもってZappの黄金期は終わりを告げた。Rogerは享年47歳だった。

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レガシー:「Roger Troutman Street」と、今も鳴り続けるトークボックスの声

「Computer Love」は今なお、1980年代R&Bの最高傑作のひとつとして語り継がれている。Billboard R&Bチャートで最高8位を記録したこの曲は、Zappにとって最大のクロスオーバーヒットとなり、テクノロジーと音楽の融合という面で時代の先を行った作品として評価され続けている。

2024年にはRogerの故郷ハミルトン(オハイオ州)が、彼が育った通り(旧名:Washington Street)を「Roger Troutman Street」に改名した。地域コミュニティへの貢献と音楽的遺産を称えるこの決定を受け、Rogerの兄Lester Troutmanは改名セレモニーでこう語った。

「彼の名前が、自分が育った通りに掲げられているのを見ると、これ以上素晴らしいことは想像もできない。これは美しい」

T-Painからドレイク、現代のR&Bプロデューサーたちに至るまで、いかに多くのアーティストがRogerの影響を受けたか——「Roger Troutman Street」という標識は、その問いに対するひとつの答えだろう。

トークボックスという、一見すると「ギミック」にも思えるものを、何百時間もガレージで磨き続け、20年以上かけて音楽の歴史に刻み込んだ天才。その魂は「Computer Love」の中で、今も鳴り続けている。

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