ヒップホップデュオ、Rae Sremmurd(レイ・シュリマー)が2023年に発表したアルバム『Sremm 4 Life』。その中でも特に異彩を放つ一曲が「Not So Bad (Leans Gone Cold)」である。
一聴すればメロウでドリル的なグルーヴが印象的だが、その奥には彼らの“成長”と“迷い”が静かに交錯している。これまでのパーティーソングの延長線ではなく、アーティストとしての内面を深く覗かせた重要な一曲だ。
Rae Sremmurd – Not So Bad (Leans Gone Cold) (2023)
5年ぶりの帰還と、内省的な音のトーン

『Sremm 4 Life』は彼らにとって約5年ぶりとなるスタジオアルバムであり、制作には実に300曲以上のデモが存在したという。最終的に残ったのは、時間の試練に耐えうる14曲。その中に「Not So Bad (Leans Gone Cold)」がある。
メンバーのSlim Jxmmi(スリム・ジミー)はインタビューでこう語っている。
「俺たちは今でもパーティーボーイだけど、感情も持っている」
この言葉は、彼らがこれまでの“騒がしい成功”の裏にある現実や孤独を見つめ始めた証だろう。表面的な派手さの奥に、歳を重ねた男たちの陰影が浮かび上がる。
エミネムへのリスペクトが息づく、象徴的なサンプリング
この曲の核心には、英国のシンガー・ソングライターDido(ダイド)の名曲「Thank You」のサンプリングがある。ヒップホップリスナーなら誰もが思い浮かべるのは、Eminem(エミネム)の「Stan」だろう。
Dido – Thank You (1999)
Rae Sremmurdはあの象徴的な旋律を再び呼び起こし、まったく異なる文脈で蘇らせた。
Slim Jxmmiは幼少期からエミネムに強く影響を受け、「あの人のようにラップしたい」と夢見ていたという。このサンプリングの選択には、彼にとっての“原点への敬意”が込められている。同時期に他のアーティストも同じサンプルを使ったことで一部で話題を呼んだが、それだけこの旋律が時代を超えて心を掴み続けるという証拠でもある。
Eminem feat. Dido – Stan (2000)
メランコリーとドリルの融合──プロダクションの妙
「Not So Bad (Leans Gone Cold)」の魅力を語る上で欠かせないのが、そのサウンドデザインである。
Paddy Beatz、Jaxx、そして長年の盟友Mike WiLL Made-Itが手がけたトラックは、感傷的なメロディと冷徹なリズムが絶妙に交差する。
ピアノの旋律はどこか物憂げで、808ベースの鋭いビートがその下で脈打つ。美しさと攻撃性、郷愁と現代性。相反する要素をぶつけることで、音そのものが“心の葛藤”を描いているようでもある。
その音像は、まるで暗闇の中で自分の影と向き合うかのような緊張感を孕んでいる。
歌詞が映す、成功者の憂鬱と現実
タイトルにもある「Leans Gone Cold(リーンが冷え切った)」という表現は、ドラッグ文化への決別と同時に、かつての快楽的な日々の終わりを象徴している。
曲の冒頭ではこう歌われる。
“My lean's gone cold, I'm wonderin' why I got out of bed at all”
(リーンは冷え切ってしまった。なぜベッドから起きたのかさえ分からない)
しかし、続くラインではトーンが少し変わる。
“but these racks stack up too tall, it reminds me that it's not so bad, it's not so bad at all”
(でも、札束がどんどん積み上がっていく。それを見ると、人生はそんなに悪くないと思えるんだ)
成功によって得た富が、彼を支える拠り所になっている。
その一方で、満たされない心の穴は埋まらない。スリム・ジミーは自身のバースで「最下位からスタートした」と語り、成功の裏にある苦悩を真正面から描いている。
派手な栄光の裏で、彼らがどんな孤独を抱えているのか――この曲はその静かな告白でもある。
終わりに──レイ・シュリマーの“次の章”を告げる一曲
「Not So Bad (Leans Gone Cold)」は、Rae Sremmurdにとって“音楽的再出発”を象徴する曲だ。
エミネムへのリスペクトを込めつつ、メランコリックな旋律と現代的なドリルのエッジを融合させたことで、彼らは新たな深みに到達した。
かつての無邪気なパーティーソングから一転し、成功の代償と心の渇きを真正面から見つめた本作は、彼らのキャリアにおける大きな転機である。
“Not so bad”という言葉に込められたのは、ただのポジティブさではない。
それは「どんな苦しみの中でも、自分はまだ立っている」という静かな誇りなのだ。
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